富士通が面白い試みを始めた。何かというと,SIプロジェクトで生じる赤字を事前に補てんする予算として,2006年度に50億円以上を確保したのだ。SEが原価を見積もって顧客の予算を上回った場合,申請して認められれば,その差分が補てんされる仕組みだ。事前にリスクを明確化しておけば,リスクが顕在化して原価が見積額より膨らんだ際にも,補てんを受けることができる。

 この予算は「アシュアランス勘定」と呼ぶもので,大手顧客の“深掘り”につながる案件や,ソリューション化して横展開が可能な案件に対して,現場の営業やSEが積極的にチャレンジできるようにするのが狙いだ。戦略案件とはいえ最初から赤字では辛いが,アシュアランス勘定を利用すれば,担当SEはこのゲタを利用してプロジェクトを“黒字化”することが可能になる。

 ちなみに,富士通が今期に見込むSIの不採算案件の損失額は約50億円。アシュアランス勘定で補填する戦略案件の赤字額は,それとほぼ同額ということになる。富士通の黒川博昭社長は最近,「リスクを取らないとSIビジネスは広がらない」という旨の発言を繰り返しているが,そのリスクを取るための社内の仕掛けがこのアシュアランス勘定というわけだ。


リスク管理の徹底でSI提案が“凡庸化”

 ここ数年,ITベンダーやITサービス会社の多くは,続発するSIの失敗プロジェクトに苦しんだ。例えば富士通の場合,2003年度に不採算案件の損失額が598億円に達した。各社の失敗は,ユーザー企業のIT投資の絞り込みが進む中で,顧客シェアやSE稼働率を維持しようと,要件が曖昧なまま安値受注に走ったためで,ごく最近までその後始末に追われることになった。

 そこでITベンダーやITサービス会社は,遅まきながらもSIのリスク管理に取り組んだ。あちらこちらでPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス)が設置され,プロジェクト管理の強化や要件定義の明確化などが図られた。危ない案件の意図的失注や契約の厳格化など,営業面でもリスク管理を強化した結果,各社とも不採算案件の発生を管理可能なレベルまで引き下げることに成功しつつある。

 これはこれで良し,である。しかし,その代償としてSIビジネスがつまらなくなった。「最近のITベンダーの提案はどれも代わり栄えしない」というユーザー企業も多い。ITベンダーやITサービス会社の特徴が失われ,提案の“凡庸化”が進んだのだ。

 まず新規分野には手を出さない。既存分野でもリスクを低減するために,定番のパッケージソフトを使い,技術的チャレンジはできるだけ避ける。要件のあいまい性を少なくするために,提案の範囲も絞り込む。結果として各社の提案は似たようなものになり,差異化要因としては料金しか残らなくなる。これでは,需給バランスが改善したにもかかわらず,SI料金があまり上がらないのもうなずける。


「リスクを取れ」と言うだけでは現場は動けない

 こうした状況に,危機感を覚えるITベンダーやITサービス会社の経営トップは多い。富士通の黒川社長のように「リスクを取る」と明言する経営トップも増えてきた。いくらでも仕事がある今はよいが,安全策ばかりでは将来が危ういからだ。

 IT業界を潤す現在の“金融特需”も長くても2008年度までで,その後には深い谷が予想されている。いくらSIが儲からないビジネスになったとはいえ,SIはアウトソーシングなど様々なITサービスの起点。リスクを取れるようになった今こそ,将来の種となる新しい領域にチャレンジする必要があるのだ。

 ただ,そうした経営トップの思いだけでは,現場の営業やSEは動けない。火を噴いた赤字プロジェクトの後始末や,その責任の所在の明確化によって,現場はこれまでかなり辛い思いをした。「リスクを取れと言われてもなぁ」というのが実感だろう。さらに,PMOなどによるリスク管理の現場への徹底により,元気のよい営業でも身動きが取れないケースも増えている。

 話を複雑にするのが,SIビジネスのリスクが以前より高まっていることだ。これまでIT投資を抑制してきたユーザー企業は,1つの案件の中にできるだけ多くの要件を盛り込もうとする。また,ビジネスに直結する攻めのIT投資は,エンドユーザー主導ということもあり要件があいまいで,しかも短納期。技術者不足も追い討ちをかける。ユーザー企業の前向きなIT投資によって,必ずしもITベンダーやITサービス会社が“前向き”になれるわけではないのだ。


リスクを取る仕組みづくりが重要に

 このためITベンダーやITサービス会社が,再びSIで積極果敢にリスクを取り,新しい分野,新しい顧客,そして新しい技術にチャレンジできるようになるためには,経営トップがコミットする何らかの仕掛けがいる。その代表例が冒頭に挙げた富士通の試みだ。そのアシュアランス勘定は,社長直轄組織のSIアシュアランス本部がハンドリングしており,“損失補てん”の可否は経営会議で判断する仕組みだ。

 実は富士通以外にも,SIで新たなリスクを取れる体制作りを進めているITベンダーやITサービス会社は多い。ここでは詳しく記せないが,そうした企業の動向は 日経ソリューションビジネスの8月15日号特集『赤字プロジェクトの何が悪い!』にまとめた。ご関心のある読者はそちらを参照していただくとして,最後に1つだけ指摘しておきたいことがある。

 それは,SIでリスクを取るといっても,以前のような,誰も手を出さない危ない案件を平気で取りに行くような“戦略プロジェクト”とは異なるということだ。SIのリスクには取るべきリスクと避けるべきものがある。顧客要件のあいまいさや自社の開発リソース不足に伴うリスクは,ゼロにはできないとはいえ,今でも避けるべきリスクだ。そして,こうしたリスクを管理できてこそ,顧客の深掘りやソリューションの横展開などにつながるリスクの高い戦略案件にチャレンジすることができるはずだ。