今,通信業界の最大の話題は,次世代ネットワーク「NGN(next generation network)」だろう。世界の通信事業者がこぞってNGNの構築へ向かっている。NGNの登場によって通信インフラの屋台骨ががらりと変わるため,多くの産業が影響を受ける一大事でもある。

 これまで構想ばかり語られ,なかなか実像が見えてこなかったNGNだが,ここに来てようやくその姿が明らかになってきている。実地試験など実際のフェーズに議論が移ってきているからだ。

 日本でもNTTが,今年12月から情報家電ベンダーやコンテンツ・プロバイダ,他の通信事業者を巻き込んで,NGNのフィールド・トライアルを開始する。7月にはトライアルへ参加する事業者の受け付けを開始し,NGNに接続する条件も開示した。NTTとこれらの事業者が共同で,NGN上のサービスを模索しようという試みだ。サービス提供事業者にとってみれば,NGNは新たなビジネスチャンスとなりえる。ITベンダーなどもNGNのもつ可能性に大きく注視している。

 ただ皮肉なことにNGNの姿が徐々に具体的になり,現実が見えてくるにつれて,これらの事業者のNGNへの過剰な期待がしぼんでいく様子も見られる。ここでは特に,多くの人が影響を受けるNTTのNGNについて,その理想と現実を追ってみよう。

最大のポイントは網機能を第三者に開放する点

 そもそもNTTが考えるNGNとは「電話に求められる品質やセキュリティなどを加えたIP統合網」のこと。インターネットと同じIP技術は使うが,電話の信頼性も兼ね備えたクローズドなネットワークを新たに構築する。将来的には現在の電話網を,この新たなネットワーク上に移行することも狙う。

 NGNではネットワークの信頼性を確保するために,帯域制御機能やセキュリティ機能をネットワーク側に持たせる点が特徴だ。この点が,端末側に機能を任せてネットワークは伝送に徹するインターネットとは,大きく異なる点である。

 NTTはNGN上で,高音質の電話サービスや高品質なテレビ電話,同時に複数チャンネルを表示可能な映像配信サービス,現在のインターネットと同様のベストエフォート・サービスなどの提供を計画している。例えば高音質電話は,音声に使う帯域が現在の倍以上,テレビ電話はHD対応,映像配信はH.264に対応するという。

 ただこのような現在の延長線にあるサービスは,NGNの持つ可能性のほんの一面を表しているに過ぎない。NGNの最大のポイント,それはNTTだけではなくサードパーティにも新サービスの構築を委ねることだ。そのためNTTはネットワークに持たせる機能の一部を他社に公開する方針だ。この点が,NGNを新たなビジネスチャンスと捉えるITベンダーや情報家電メーカーにとって,最も魅力的な部分だろう。

 例えばNGNのネットワークが備える帯域制御や認証,セキュリティなどの機能が公開されれば,サードパーティがエンドユーザーに対して多彩なサービスを提供できるようになる。独自コンテンツによる高精細な映像配信サービスなども可能になるだろう。企業向けWANサービスでも,利用するときに帯域を設定できる「オンデマンド」サービスなども考えられる。

 これらサードパーティ製サービスの登場は,通信事業の形そのものを大きく変える可能性がある。エンドユーザーから回線使用料を徴収する通信事業者のビジネスが,サードパーティから網機能の利用料を徴収する形へシフトすることを意味するからだ。ITベンダーやコンテンツ・プロバイダ,家電メーカーなどから,これまでにない多彩なサービスが登場する可能性がある。これこそエンドユーザーにとっても,NGNの最大のメリットと感じられる点だろう。

現在のままだと新サービス創出の場にならない

 しかし上記のような期待に反して,12月から始まるフィールド・トライアルで参加事業者が試せる機能は,非常に限定的であることが明らかになった。7月にNTTが公開したトライアルへの接続資料には,帯域制御程度しかNGNらしい機能が記載されていなかったからだ。

 現状公開されているインタフェースを使って試せるサービスの形は,帯域制御機能を使った0AB~J IP電話や映像配信サービス,ベストエフォートのプロバイダ接続ぐらい。「これではNTTとトライアル参加事業者が,新しいサービスを共同で試せる場にはならないのではないか」と,危惧する声も聞こえてくる。トライアルによって新サービスの創出を期待していた事業者に対して,冷や水をかける形となった。

 NTTにとってみれば,まずは“電話や映像配信など,想定するサービスをトライアル環境で提供できるか”を試してみたい気持ちがあるのだろう。それだけでも大きなチャレンジであることには間違いない。とかく大風呂敷になりがちなNGNを現実のサービスとして提供するには,基本的なサービスを確実に抑えておく必要もあるのだろう。

 しかし将来に渡ってこのままでは,多彩な事業者を巻き込んだ新サービスの創出は期待できないと筆者は考える。NGNの可能性を残したまま,NGNが単に高機能化したBフレッツのバックボーンに終わる可能性もある。

 それでもNTTはトライアルへの参加者集めについて自信を見せる。インタフェース開示の記者会見の席上で,NTT持ち株会社の橋本信・常務取締役第二部門長次世代ネットワーク推進室長は,「非公式には既にたくさんの企業から打診を得ている。国内の大手情報家電メーカーの多くは参加すると見込んでいるし,海外メーカーからも個別に問い合わせをいただいている」と語る。

 確かにNGNのフィールド・トライアルに参加したいと表明する事業者は,筆者が非公式にヒアリングした範囲内でも,大手プロバイダ各社,大手動画配信サービス,家電ベンダーなど数多い。だがその内情は,「新サービスの創出は期待できないが,様子を探るためにトライアルには参加したい。場合によってはトライアルだけのお付き合いにとどまることもある」と冷めた見方を見せる関係者もいる。

 NTTはNGNのトライアルを2006年12月から約1年間行い,2007年度後半には商用サービスへと移行する計画だ。NGNは遠い将来の話ではない。NGNは次世代ネットワークではなく,現在のネットワークそのものの存在になっている。

 NGNが本来持つ可能性には誰もが期待するところ。こうした期待は,NTTにとってもまたとない機会であるはず。この機会を逃さずに新しいサービスや産業の創出につなげるためには,NTTはトライアルの段階からネットワークに様々な機能を追加し,場を積極的に盛り上げていくことが重要だろう。筆者としても,単なるバックボーンではないNGNならではの新サービスを早く体験してみたい。