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情報システム

記者の眼

日経ソフトウエア

フローチャートの力を思い出そう

2006/08/02
大森 敏行=日経ソフトウエア

 一つ,後悔していることがある。

 今年の6月29日,「オブジェクト倶楽部 2006夏イベント」に参加した。オブジェクト倶楽部は,永和システムマネジメントの社員有志が中心になり,オブジェクト指向の実践/研究/発表を目的として作ったグループ。夏と冬に定期的にイベントを開催している。2006夏イベントで6回目となる。

 このイベントで,スターロジックの羽生章洋社長が講演した「仕事で必要なことはフローチャートで学んだ」というセッションを受講した。同じ時間帯の裏番組でとても魅力的なセッションがあったのだが,あえてこちらを選択した。羽生氏のプレゼンテーションのうまさをよく知っていたからだ。案の定,おもしろかった。羽生氏がタブレットPCを使ってその場でどんどんフローチャートを書いていく。講演の資料はこちらで公開されているが,これだけではとても伝わらないライブ感があった。

 講演の内容はノートにメモしたし,講演者の写真も撮った。本来なら,すぐにWebニュースを書くところだ。しかし,ここで迷ってしまった。フローチャートはお世辞にも新しい記法とはいえない。「それがニュース? ありえないんじゃないか」と思ったのである。結局,ニュースは書かず,流してしまった。

 でも,心のどこかには引っかかっていた。そこで,日経ソフトウエアの企画会議で,少しだけフローチャートの提案を出してみた。それが案外ウケた。「今はフローチャートが来てますよ!」という記者までいた(さすがにそれは言い過ぎだと思うが)。

 やはり,ニュースを書いておくべきだったか。羽生氏は「フローチャートの話をするのは今日が最初で最後。セッションに参加されたみなさんへのプレゼント」と言っていた。もう聞く機会はない。しかし,今さら1ヵ月も前の講演をニュースにはできない。何か世に出す方法はないか。そこで思い出したのがこのコラム「記者の眼」である。ちょうど,書く順番になっていた。これだ。

 読者の中には「なんで今さらフローチャート?」という人もいるだろう。私も正直,そう思っていた。でも,大切なことなんてそうそう変わるもんじゃない。羽生氏の話を聞いて,それがよく分かった。

最初にフローチャートをたたき込まれた

 羽生氏が就職したのは1989年,21歳のときだという。そのころはバブル全盛期で,コピーライター,スタイリスト,といった横文字のカタカナ職業がはやっていた。同氏も,コンピュータ,プログラマといった横文字のかっこよさにひかれてIT系企業に就職した。

 就職していきなりやらされたのが「朝,起きてから会社に来るまでのことをフローチャートに描け」という問題。最初は当然,雑なものしか描けなかった。まず「雨の日はどうするんだ」と突っ込まれ,その後も,こういうときはどうだ,ああいう場合はどうだ,と「3日間やられて泣きそうになった」(羽生氏)。同様に自動販売機の動作をフローチャートで表現するという練習にも取り組んだ。

 これで頭がふらふらになったところで,はじめてプログラムのフローチャートを描く練習に進んだ。最初の問題が「ファイルを読んで出力する」というプログラム。このころの羽生氏は,まだコンピュータに触った経験がなかったという。「ファイルがなかったらどうするんだ」という指摘に「そんなことがあるの?」といった具合。レビューでぼこぼこに指摘されながら,30個程度のプログラムのフローチャートを徹底的に描いた。

 それからようやくコーディング。フローチャートを基にコーディング・シートにCOBOLのコードを書いていく。ここでも「ピリオドが抜けている」「インデントがずれている」「やる気あるのか」と怒られながら,30個のフローチャートをすべてソースコードに落とした。

 これで練習は終わり。次がいきなり納期付きの本番だった。忙しいからとフローチャートのレビューはしてもらえない。羽生氏はコンピュータに触るのは初めてで,「a」のキーがどこにあるのかも分からない状態。おまけに端末は3人に1台しかなく,なかなか入力もコンパイルもさせてもらえない。バグは机上でつぶすのが当たり前。そうして初めて作ったプログラムは,ノンバグで一発で動いたという。

 2ヵ月足らずの訓練だったが,羽生氏は「教育の手順があったことが大きかった」と語る。それ以降,同氏はどんな短いプログラムでも必ずフローチャートを描いてきた。描いたフローチャート1万枚以上。「基礎があったからこそ,17年間でここまで来れた」と振り返る。「基礎を守ることには意味がある」(同氏)のである。

最小限の道具を完璧に使いこなす

 羽生氏によると,フローチャートを描くにはいくつか注意点があるという。

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