話題のGoogleだが,関心は検索や地図をはじめとした技術面,あるいはビジネスモデル面,はたまた“社会的な影響”に集中しがちだ。だが,少し違った角度からGoogleに着目する人がいる。サイボウズ・ラボの畑慎也社長である。

 サイボウズ・ラボはグループウエアの主要ベンダー,サイボウズの研究開発子会社である(サイボウズ・ラボ設立時のITpro記事)。サイボウズのような新興ソフト会社が研究開発子会社を設けるケースは国内では珍しい。現在,ラボの中心メンバーは畑社長をはじめ8人。オープンソースやフリーウエアで実績のある開発者も名を連ねる。

 畑社長が着目するのは,ソフト技術者にとってのGoogleの「居心地の良さ」だ。先日,ある取材で畑社長にお会いする機会があり,話題はソフト技術者の人材確保,労働環境や地位向上にまで及んだ。その際,畑社長はこんなことを言った。「大げさかもしれないが,日本の優秀な技術者はみんなGoogleに獲られてしまうのではないか,という恐怖感がある」と。「Google(の東京研究開発センター)に勤務するある技術者と会ったとき,ここは居心地が良すぎて逆に怖いくらい,と言っていた。とても印象に残っている」。

 Googleが東京オフィスを開設した時,食事やリクリエーション設備,マッサージルームといった,技術者に対する手厚い福利厚生が話題になった。そういった面ももちろん大事だが,Googleの「居心地の良さ」とは,何よりも優秀な技術者集団から得られる刺激や,社会で話題となるサービスを手がけているという「やりがい」から形成されているはずだ。

 畑社長は「技術者がGoogleとサイボウズ・ラボ両方から採用通知を受け取ったら,まず技術者はGoogleを選ぶだろう」と正直に話す。「ただGoogleには勝てなくても,サイボウズ・ラボはほかの国内のソフト会社よりは(技術者が)行きたいと思われる会社にしたい」。

 それを聞いたとき,少し的はずれかもしれないがこんなことを思った。Googleの日本進出は,やる気のある日本のソフト技術者に良い材料を提供しているのかもしれない,と。

 長時間労働,能力や負荷に見合わない報酬や社会的評価など,ソフト技術者の労働環境については暗い話題ばかりが行き交っている。だが,Googleのような企業をお手本として,ソフト技術者の「居心地」を重視する会社が国内に増えれば,少しは改善に向かうのでは,と思う。実際,畑社長は「日本のソフト業界を良くするという気概で臨んでいる」と言う。

 近年,ソフト人材の確保や待遇・地位改善に向けた取り組みが,にわかに盛り上がっている。特に大きな話題になったのが,経団連が大学と共同でIT人材育成を始めたことだ。優秀なソフト技術者の支援を目的とするIPAの「未踏ソフトウェア創造事業」も,その一つに挙げられる。これらの動きは評価すべきだが,そんなことよりずっと効果が高いのは,Googleのように「トップ技術者がそこで働きたいと思う会社」が,日本国内に増えることではないだろうか。

 Googleを日本の脅威と見なして,経済産業省主導で検索エンジンを共同開発するプロジェクトが立ち上がったことは記憶に新しい。しかし,日本のIT人材をどうするかという切り口で見れば,「働きたい職場としてのGoogle」こそが,日本が脅威として認識すべき対象だと思う。Googleはモチベーションが高く優秀な人材を世界中から集めている。このままでは,“あちら側のGoogle”という言葉では表現し切れないほどに勝ち抜かれてしまうかもしれない。