■現実に合わなくなってきた“通信の秘密”の概念

 では,当事者であるぷららネットワークスは今回の総務省の見解をどう見ているのだろうか。ぷららネットワークス事業推進室の弘灰和憲室長は,総務省の見解を受けたときの感想を,「これまで実施してきたP2Pファイル共有ソフトの帯域制限と同じ技術を使っているので,“通信の秘密”の侵害に当たるという見解が出てくるとは思っていなかった」と語った。

 見解が示されるまで,ぷららは総務省に対して数回にわたって,Winny遮断に利用するディープ・パケット・インスペクション技術について,「データの内容は見ない。ログも取っていない。通信が発生したその瞬間に判断している」---という説明を行ったという。「この手法自体が一般論として“通信の秘密”の侵害に当たるという説明だった」(弘灰室長)。

 冒頭で挙げた二つのポイントのうち,ぷららはまず,(1)通信の秘密の解釈について疑問を呈する。「データの内容を見ない,ログも取らない技術が,どうして“通信の秘密”を侵害することになるのか分からない。ディープ・パケット・インスペクションが“通信の秘密”を侵害するというなら,そもそも“通信の秘密”とは何なのか」(弘灰室長)。

 弘灰室長はさらに,「電気通信事業法にしても電話や電報の時代に作られた法律。インターネットの登場で現実に合わなくなっている」と語る。電話に代表される1対1のやりとりが前提だった時代の通信と,Webサイトにアクセスすれば誰でも同じ情報が見られるインターネット時代の通信を同じ基準で判断していいのか,という疑問だ。

 ぷららはさらに,(2)のポイントである通信事業者の正当な業務についても疑問を示した。「一般の人々が日常的にインターネットを使うという状況になったが,インターネットを安全に使うのはとても難しい。その中で,ユーザーが安全にインターネットを使えるようにしていくこともプロバイダの責務ではないのか。ユーザーを保護しようとしても,法律でそれが妨げられている。とても歯がゆい思いだ」と語った。

 ぷららでは,「総務省の見解に逆らって,Winny遮断を強行するつもりはない」と表明済み。しかし,Winnyについては何らかの対応を検討中だという。ユーザー保護という面でいえば,ぷららはすでに『ネットバリアベーシック』というURL/パケット・フィルタリング・サービスを提供している(関連ニュース「許可していない通信を遮断するサービス,ぷららが個人・法人向けに開始」を参照)。これは,Bフレッツのユーザー向けに,デフォルトでURLフィルタリングおよびパケット・フィスタリングが設定されるもので,ユーザーの要望があれば設定を解除するというものだ。同様の形でWinny制限を盛り込むことを検討しているのかもしれない。

■正面からインターネットに即した規則を考える時期に

 電気通信事業法における“通信の秘密”という観点では,ぷららが表明したWinny遮断について一応の決着がついた格好だ。しかし,ぷららの弘灰室長が言うように,電気通信事業法自体が時代にそぐわないものになっているのも事実だろう。電話や電報のように,1対1の通信が前提の時代と異なり,インターネットでは,1対1の通信はもちろん,Webアクセスのように“公然性のある通信”が当たり前に使われている。

 こうした状況に加えて,テレビ放送をIPマルチキャストで配信する形態が“通信”ではなく“放送”と見なされるという動きもある(関連ニュース「文化庁,IPマルチキャストは放送の再送信のみ有線放送と扱う」を参照)。「IPを使っているから通信」と単純に決められなくなりつつあるのだ。ただ,この判断にしたところで,既存の枠組みに無理やりインターネットやIP通信を押し込んでいるという印象を受ける。

 これまで,リアルタイムの情報のやりとりは,通信と放送の二つに明確に分けられていた。こうした二元論の枠組みの中で,インターネットも語られてきた。しかし,こうした枠組みにも限界が近づいているようだ。

 ぷららによるWinny遮断に関する記事を書いてきて,筆者は今,新しい枠組みの必要性を感じている。

 インターネットは通信的な側面が強いが,その一方で,誰もが同じ情報にアクセスする“公然性のある通信”という新しい側面を持っている。さらには,IPマルチキャストのように“放送”と見なされるサービスも提供可能だ。それに加えて,匿名性のあるP2Pファイル共有ソフトという(ある意味“想定外”の)アプリケーションが根付き,情報漏えい事件や著作権に違反したコンテンツの流通が当たり前のように起こるようになってしまった。

 こうした特徴を持つインターネットを,従来の「通信か放送か」という二元論の枠組みに当てはめて考えていては,なにか問題が発生したときに適切な措置を期待できない。

 今必要なのは,インターネットに関する議論を,通信や放送といった従来の枠組みに当てはめることではないだろう。これだけ多くのユーザーが日常的に利用するようになったインターネットを正面から捉え,インターネットに即して“通信の秘密”などの規則体系を考える時期に来ているのではないだろうか。