携帯電話/PHSの契約数は,2006年4月末時点で9700万加入を数え,もう1億加入が目前にきている。ビジネスとプライベートなど一人で複数台を駆使する人もいるので,単純には言えないが,日本に住んでいるかなりの人に携帯電話/PHSが行き渡った勘定になる。

 まだ携帯電話やPHSを持っていない人といえば,子供か高齢者層が中心ということになるだろう。

 子供にかかわる不幸な事件が続発する昨今,セキュリティ対策の一環として子供に携帯電話/PHSを持たせる親が増えている。各携帯電話事業者は,子供向けの携帯電話を発売したりGPSを使った位置確認サービスを提供するなど,ケータイを欲しい子供と,安全のためを考え始めた親世代の双方に利用を訴えかけている。NTTドコモは今年3月に「キッズケータイ」を発売し,その後2カ月で12万契約を獲得している。

 高齢者に向けては,古くから取り組みがあった。たとえばNTTドコモは1999年に,3つのワンタッチ発信ボタンと,大きな文字やボタンを採用した「らくらくホンI」を発売。以来らくらくホンは,その基本機能を継承しつつ,iモード対応や音声読み上げ機能の追加,FOMA版の投入など製品ラインアップを拡充してきた。その後,ツーカーグループが液晶ディスプレイすら持たない「ツーカーS」を発売するなど,“簡単”に使える携帯電話は市民権を得てきた。

 すでにNTTドコモのらくらくホンは,シリーズ累計で4月末時点までに730万台を超えるセールスを記録している。5月には母の日需要もあり,一層の加入増があったと言う。高齢者を中心とした,簡単に操作できる携帯電話への需要は確実にあるというわけだ。

“シニア向け端末”を素直に受け入れられないシニア層もいる

 身内の話で恐縮だが,ここで私の親の発言をご紹介する。これまで使ってきたPHSから,携帯電話に変えようとしたときの発言である。音量調整ができたり,文字を大きくできたりすることから,らくらくホンを薦めたところ,「年寄り向けの端末はイヤだ!」と言うのだ。自分も十分に年寄りの仲間入りをしている年齢であり,らくらくホンのようなサポート機能があるに越したことはないにもかかわらずである。

 らくらくホンやツーカーSのような“簡単操作系”の端末は,テレビ・コマーシャルの配役やストーリーを見ても,「おじいちゃん,おばあちゃんに向けた携帯電話」というイメージがあり,それが強烈に刷り込まれている。そうしたことにとらわれず,便利に使っている数百万の人が現実にいるわけだが,一方でイメージが気になり便利なはずの端末を“使えない人”もいるのだ。「齢を重ねてもシルバーシートには座らない」のと同じ心理である。

 シニア向けの端末作りは,今後より一層の重要度を持ってくると私は考える。まだ携帯電話ユーザーでないシニアの新規需要を取り込むという意味はもちろんあるが,今後は携帯電話をある程度以上に使いこなしてきた層も着実にシニアに向かうからだ。携帯電話のディスプレイに表示された文字を,しかめ面で,老眼鏡と格闘しながら見ている人生の諸先輩の姿をすでに多くお見かけしている。そう言う自分も,不惑の声を聞いて以降,ディスプレイの小さな文字にぱっとピントが合わないことがある。だからといって,らくらくホンを使う気は,私にはまだない。

 分かりやすいシニア向け製品はもちろん必要だと思う。ただ,それさえ作っておけばいいというものではないだろう。「すべての席が優先席」ではないが,多くの端末がシニアにも使いやすいようになるのが理想なのだと思う。

 実際,表示する文字の大きさは,ほとんどの端末で調節できるようになっている。音量も変えられるし,簡単操作モードを備える機種もある。ところが今度は,取扱説明書の壁が立ちはだかる。文字は小さく,分厚い説明書の中から,シニアに便利な機能を見つけることすら不可能に近い。

 らくらくホンは,簡単操作の側からシニア層にアプローチしてきた。そして,iモードやカメラやテレビ電話など,さまざまな機能が追加されるに至った。今度は,逆のアプローチがもっと盛んになってもいいのではないか。高機能端末やデザインを重視した端末など魅力的なハードウエアであっても,誰もが簡単に使いこなせるようなインタフェースを用意し,分かりやすい取扱説明書を付ける。1人1台時代だからこそ,メーカーやキャリアーはもっとさりげなく効果的なシニア向けの対策を考える時期に来ているのではないだろうか。