「新しい販促策や事業アイデアを上司に提案しても、『目の前の仕事をしっかりやれ』と言われて相手にされない。たまに上司が賛同することがあっても、今度はさらに上の執行役員が『そんな余裕はない』と一蹴する。ばからしいので、新しいアイデアを提案するのはもうやめた」

 「営業活動の最終段階で、顧客のA社は『あと10万円値引きしてくれて、おまけを付けてくれれば契約する』と言っている。上司に相談したいが、出張続きでなかなかつかまらない。やっとつかまえると、上司は『私の一存では判断できないから、営業部長に相談する』と言う。そうこうしているうちに、A社から『もうほかに決めたから』という連絡が入った」

 ビジネスの現場で活躍している社員が、重要な提案や意思決定をしたくても、一向に進まない。こんな状況に悩んでいる企業は多いのではなかろうか。

 こうなるのは、単に「上司が無能だから」ではない。積極的に業務を改善したり、スムーズに意思決定したりするための組織体制になっていないのである。このような組織で、形式的な業務改善活動を始めてみたり、「スピード経営」を掲げたりしても、絵に描いた餅に終わる。

 情報システムの活用も、組織体制と無縁ではない。こうした問題意識から、現在発売中の『日経情報ストラテジー』7月号では、「IT投資で成果出す賢い組織」という特集記事を企画し、「賢い組織」の作り方を、米国発の「組織IQ」という概念とともに紹介している。このなかで「組織能力を表す“組織IQ”が低い企業では、IT投資額を増やせば、かえって業績悪化を招くこともある」という調査研究の結果を掲載した。

 組織IQは「外部情報感度」「内部知識共有」「効果的な意思決定機構」「組織フォーカス」「継続的革新」という5つのカテゴリーで測定できる。それだけ、望ましい組織の条件は多岐にわたるが、筆者が特に重要だと考えるのは、「効果的な意思決定機構」である。意思決定や判断のためにかかる時間そのものは価値を生まない。情報システムなどを使って、判断の材料になるデータを閲覧できても、判断そのものに時間がかかっていては意味がない。

「即断即決専門部署」で判断時間を短縮

 今回の特集企画で取材した人材派遣最大手のスタッフサービスは、組織体制と情報システムがうまくかみ合っている企業だと感じた。同社には「CTC(セントラル・テレホン・コマンド)」と呼ぶ“指令塔”のような部署がある。CTCのオフィスには、営業部門の副本部長などの幹部社員が常駐する。

 CTCには、顧客を訪問する第一線の営業担当者の携帯電話から、ひっきりなしに電話がかかってくる。幹部社員はコールセンターのオペレーターと同様、ヘッドセットを装着していて、常に電話が受けられる態勢をとっている。かかってくる電話の内容は、「顧客から大幅な値引き要求があったが、どう判断すれば良いか」「顧客からクレームを受けたが、どう対応すべきか」といった、営業担当者が自分では判断しづらい内容が多い。

 CTCに電話がかかってくると、まずCTI(コンピュータ-電話統合)と発信者番号通知の仕組みによって、電話をかけてきた営業担当者を特定する。営業幹部社員は手元のパソコンから、SFA(営業支援システム)で管理されている営業担当者の情報や、担当顧客との取引実績などを即座に引き出せる。これを見て、その顧客企業に対する値引きを許可するかどうかなどを即座に判断し、営業担当者に伝える。

 営業担当者にとっては、上司の判断を仰ぐ必要があるときに、CTCに電話をすれば必ず誰かが常駐していて、すぐに結論が出る。こうした組織的な意思決定の仕組みがあるからこそ、SFAや顧客データベースなどの情報システムも最大限に威力を発揮しているというわけだ。

 情報システムを設計する際には、使い勝手や作業効率などに目が行きがちだ。しかし筆者は、まず「即断即決」という観点で業務を見直すことが欠かせないと考えている。すぐに決めるべきことはすぐに決断を下せる組織体制を、意図的に作ることが重要だ。