今回のフォーラムでは、CIO(最高情報責任者)と動かないコンピュータの関係について取り上げたい。果たして、CIOが全力を尽くせば、動かないコンピュータ、つまりシステムに関連する深刻なトラブルを減らすことができるか、についてである。

 実は、このテーマをフォーラムで議論しようと考えたのにはきっかけがある。一つは、「システム・トラブルを減らすために、CIOを登用し、企業として活用しなければならない」と、はっきり指摘した公式の文書が登場したことだ。今年4月4日に、経済産業省が公表した「情報システムの信頼性向上に関するガイドライン」(案)がそれである。このなかには、「CIO(情報統括役員)の登用と活用」という一項目がある。内容は以下の通りだ。


情報システム利用者の経営層は、経営戦略及び情報戦略双方に対する理解及び判断が可能な人材をCIO として登用した上で、全体に対する投資の管理強化及び効率化等に向けて積極的に活用し、業務・サービス及び情報システムの信頼性・安全性向上に努めなければならない。

 すでにガイドラインを先取りしたかのような動きも出ている。昨年、システム・トラブルに揺れた東京証券取引所と大阪証券取引所は、今年に入ってから、ともに外部からCIOを迎え入れた。東証は大規模な基幹システムの再構築を控えており、大証はつい最近、新たな基幹システムを稼働させたばかりだ。システム・トラブルをなくすということだけが、CIO招請の目的ではないだろうが、トラブルを減らすための重要な手段だと考えていることは確かだろう。

 こういった動きがあるなかで経産省のガイドラインが公開されたので、CIOと動かないコンピュータの関係について考えることにした。このフォーラムでは昨年、「トップがダメだと動かないコンピュータが生まれるのか」「8割が役に立たないシステムを経験,『目的が不明確』『トップがダメ』『使い手を無視』が理由」と題して、経営トップと動かないコンピュータの関係について議論したことがある。今回のテーマは、このときのフォーラムの内容に関係することになるかもしれない。

CIOはIT戦略の責任者である

 まず議論の前提として、CIOとは何かを示したい。普段からよく耳にする言葉だが、正確な意味となるとはっきりしない面があるからだ。少し前になるが、日経コンピュータ2004年7月12号にCIOについて解説した記事があるので、その一部を引用する。


 企業の経営戦略を実現するためのIT戦略を企画・立案し、それを実行する最高意思決定者。Chief Information Officerの略で、「最高情報責任者」や「情報システム担当役員」、「情報戦略統括役員」などさまざまな訳語が存在する。CIOというコンセプトは米国で1980年代後半ごろに提唱された。それから15年以上たち、欧米だけでなく日本でもCIOを置く会社が増えている。

 では、CIOはどういった役目を果たすべきなのか。よくまとまっているので、前述の日経コンピュータの記事をさらに引用する。


 CIOが果たすべき主な役割とスキルは、大きく六つ挙げられる。(1)ITトレンドの把握、(2)説明責任(アカウンタビリティ)、(3)投資コントロール、(4)戦略立案、(5)システム部門の地位向上、(6)システム部門の業務改革、である。

 もちろん、このCIOの定義は絶対的なものではない。ほかにもさまざまな解釈が可能だろう。例えば、ITに関するトップのアドバイザーだとみることも可能だろう。ITの重要性を指摘する企業は多いが、ITがどういったもので何ができるのかを、すべてのトップが理解しているわけではないからだ。

 いずれにしてもCIOが企業のITにまつわる多くの活動の責任者であることは確かだろう。年を経るごとに企業経営におけるITの重みは増しており、CIOの果たすべき役割もますます大きくなっているといえる。日本企業でCIOを任命する企業が増えていることは、その一つの証左ではないだろうか。

CIOの判断が原因でトラブルが起きることも

 IT戦略の責任者である以上、CIOの判断や行動は、ITにまつわる成功だけでなく失敗にも大きく関係する、と記者は考える。ITトレンドを正しく把握せずに、システムを開発すれば、予定の納期やコストを守れなくなる確率が高まる。その結果、IT投資をコントロールすることができなくなれば、ITにとどまらずCIOの判断が、企業経営そのものに負の影響を与えることになる。

 実際、記者の知っているいくつかの企業では、CIOの判断ミスにより、システム開発が迷走した。CIO主導で進んだシステム開発プロジェクトが、大幅な稼働遅れを経験することになった。直接の原因は、システムの開発規模が企業の体力を超えていた、そもそもあまり必要がないにもかかわらず開発を強行した、あるいはプロジェクトに合わないベンダーを選定した、などさまざまだが、これらはすべてそれぞれの企業のCIOが主導したものだった。

 記者が直接担当したわけではないが、類似のケースについては、以前日経コンピュータで「不条理なコンピュータ」と題した連載で、詳しく取り上げた。この連載は、「30のプロジェクト破綻例に学ぶ 『IT失敗学』の研究」のタイトルで今年、単行本として出版されている。興味のある方はご一読いただきたい。