この2カ月ほど、「Web2.0」という新しい潮流が企業情報システムにどう影響を及ぼすか、ほとんど毎日考え続けてきた。2カ月間取材で回った結果は、 日経コンピュータ4月3日号の特集としてまとめたので、ご一読頂ければ幸いである。

 一連の取材の中で、『ウェブ進化論』の著者、梅田望夫氏と電子メールで何度かやり取りさせていただいた。今回は、その過程を紹介したいと思う。ウェブ進化論は新聞、雑誌、Webサイトなど、様々な場所で紹介されている。梅田氏は最近、ITproにも登場している。

 梅田氏とのやり取りを紹介する前に、「Web2.0」というキーワードを説明しておきたい。この言葉は定義が非常にあいまいで、使う人によって技術のことであったり、考え方だったりして、なかなかやっかいだ。

 Web2.0は、インターネット上の不特定多数のユーザーが能動的に情報を発信したり、サービスの開発に参加するようになったという、ここ数年のWebの変化を総括する言葉といえる。ブログによる個人からの情報発信の増加などはその一例だ。こういった動きは、インターネット上でのユーザー同士、あるいはインターネット・ビジネスを展開する事業者と消費者の間での話が多く、企業内の情報システムにどう影響するか、という観点の議論はあまりなされていなかった。

 とはいえ『ウェブ進化論』に触発され、企業情報システムがWeb2.0という大波にどう取り組めばいいかを真剣に考える企業が出てきている。そうした事例を日経コンピュータで取り上げた。

 さて、梅田氏とのやりとりを紹介する。電子メールを使った“取材”は1.0なのか、2.0なのかよく分からないが、日本とシリコンバレーで以下のようなやり取りをした。

——Web2.0と言われるWebの世界で起こっている変化が、企業情報システムに及ぼす影響をどう考えていますか。

 Web 2.0は世の中のさまざまなものに変化を及ぼすことになる。しかし、企業の情報システムに変化を及ぼすのが最後になると思う。最初に影響するのは、トランザクション処理を伴うような基幹系システムではなく、社内で情報を共有したり、データを分析して経営戦略に役立てるといった、いわゆる情報系システムになるだろう。

 金融機関の勘定系システムなど、基幹系と呼ばれてきた部分は、企業がビジネスを進めるために欠かせないもの。したがって今後も情報システムの重要な一要素であり続ける。ただし、企業の意思決定や、新たな価値の創造に貢献する、これまで情報系と呼ばれていた部分が、より重要性を増していくと思う。この分野で、Web2.0が及ぼす可能性は強大だと考えている。

 ただし、本当にその可能性を追求する企業はかなり少ないのではないかと思っている。私は『ウェブ進化論』の中で、「神の視点からの世界理解」という表現をした。神の視点とは、全体を俯瞰する視点のこと。検索を例にとると、検索エンジンの提供者は、個別の検索要求のデータを集計することで、世の中の不特定多数の人が何を知りたがっているかを把握できる。

 やや大げさにいえば、企業は自社を取り巻く状況、つまり世界の動きを「神の視点」から理解し、それをリアルタイムに経営にフィードバックできるようになるのだろうと考えている。ただ、そういうことのメリットと、自らをオープンにすることのデメリットを天秤にかけると、なかなかそういう方向にシフトしていける大企業は少ないように思う。メリットといっても、茫漠とした感じだからだ。それに引き換え、デメリットははっきり分かる。

——メリットを理解したユーザー企業は、Web2.0をどう受け止めて、どういった対応を進めればいいのでしょうか。

 Web 2.0への取り組みに必須なことは「企業の開放性」だと考えている。技術の問題ではなく、この「開放性」が真の問題となる。「開放的」な経営を志向する会社が、まずWeb 2.0に取り組むことによって新しい競争力を得る。そういう事例を目にしてから、旧来型組織が少しずつ動くという感じになるだろう。いずれにせよ時間がかかる。10年くらいのスパンでゆっくり変わっていくことになると思う。

 ここで、「トレードオフ」という概念の重要性を指摘しておきたい。「絶対に間違いがあってはならない」「たった一度でも悪いことが起きてはならない」という前提を置いてしまうと、「開放性」を伴うWeb 2.0への取り組みはできない。

 そこにコスト意識を入れて、「このコストでこういう効果、その場合はこういうマイナスもある」ということを冷静に評価する姿勢が重要だ。コスト構造が何ケタも変化しても、トレードオフで考えるという概念がなく、システム稼働率「99.999999999%」を絶対至上のものとすれば、Web 2.0を推進することはできない。

 経営の開放性についての企業の考えは、大企業、大組織であれば日米でほとんど差はない。ただし、今の日本ではセキュリティやコンプライアンスなど、開放性と逆行する議論の方が多くなっている。日本の大企業は、一つのマイナスも絶対にあってはならないという発想で、情報を隠蔽するマネジメントに大きくシフトしている。その結果、生産性に著しいマイナスを及ぼしはじめているのではないかと危惧している。

——一方、IT産業にはどのような影響が出てくるのでしょうか。

 本質的には、メインフレームがオープンシステムに移行したとき以上のインパクトがあると考えている。しかし、あのときより時間はかかる。緩やかに少しずつ少しずつ変化していく。組織内で変化を察知した人が手を打っても、その成果が現われるまで時間がかかる。新しいことをやり続ける「挑戦する心」を組織内で維持することがカギと思う。