インターネットを使った通信で最高どのくらいの速度が出るのか,読者はご存知だろうか。実は,最高速度の記録を持っているのは日本を中心としたグループである。

 そのグループとは,東京大学大学院情報理工学系研究科の平木敬教授やWIDEプロジェクトなどで構成する国際共同チームのことだ。2004年に記録した7.21Gビット/秒という通信速度を,昨年には7.994Gビット/秒と1割強も高速化した。このプロジェクトを主導する平木教授に,日経NETWORKの特集記事に関連した取材をさせてもらったときの話が興味深かったので,紹介したいと思う。

 まずは,新たに認定された記録について説明しておきたい。今回の最高速度記録は,全米の約150の大学と約50の企業が参加する次世代インターネットの研究プロジェクト「Internet 2」で認定されたもの。Internet 2では,IPv4とIPv6のそれぞれについて,「TCP単一ストリーム」と「TCP複数ストリーム」を分けた4つのカテゴリで記録を承認している。実は平木教授のグループは,このすべてのカテゴリで記録を持っている。先ほど紹介した7.994Gビット/秒というのは,現在広く使われているIPv4を使ったTCP単一ストリーム通信での記録だ。

 約8Gビット/秒と言ってもなかなかピンとこないだろう。日ごろ家庭や会社で使っているインターネット接続サービスは,数Mビット/秒や,せいぜい数十Mビット/秒といったところ。平木教授のグループの記録は,その数百倍や数千倍という数字である。単純計算すると,1層のDVD(4.7Gバイト)の情報を転送するのにわずか約4.7秒,映画で使われている2層のDVD(8.5Gバイト)でもたった9秒ですべてのデータを送れることになる。

 しかも,この記録はごく近い場所での通信のものではない。記録が認定されるためには,平常運用している研究教育ネットワークを利用して,100km以上の距離で通信しなければならないなど,いくつかの条件をクリアする必要がある。

 今回のプロジェクトでは,アメリカ西海岸のワシントン州シアトルに設置した2台のパソコンを,シアトル,東京,シカゴ,アムステルダム,シアトルという経路で結んだ。太平洋を往復し,さらに大西洋も往復しての3万2732kmのネットワークを使った通信である。

重要なのはパケットの廃棄をなくすこと

 いったい,こんな高速通信をどうやって実現しているのだろう。平木教授によると,記録を実現するために実にさまざまな工夫を凝らしているという。具体的には,光ファイバの接続部分を磨くことを,経由するネットワークの管理者にお願いするところから始めている。こうした工夫をいくつも実施した総合的な結果として,約8Gバイト/秒という通信速度が可能となったのだが,中でも重要なのは安定的に一定の割合でデータを送り続ける「ぺーシング」技術だという。

 TCP/IP通信では,さまざまな原因でパケットが通信途中でなくなることがよくある。届かなかったパケットは,TCP(実体はTCPプロトコルを実装したプログラム)が再送を依頼するので,パケットが途中でなくなっても,アプリケーションから見て問題となることはない。だが,このTCPがパケットを再送する際,いったんパケットの送信速度を半分程度にまで落としてやり直す「スロー・スタート」という仕組みを使っている。

 パケットが再び廃棄されないようにとの配慮から生まれた仕組みだが,ここが大幅なスピードダウンをもたらしてしまう。たとえ瞬間的にでも破棄されるパケットが発生すると,送信側で送り出すデータ量を抑制するため一気に通信速度が落ちてしまう。つまり,通信速度を少しでも上げるためには,通信途中でパケットがなくならないようにすることが必要であり,そのためには「パケット廃棄が発生しない最大転送速度で,安定的に通信し続けることが重要だ」と平木教授は語る。

 パケットがなくなる原因は,ネットワークの至るところにある。最近では,回線エラーが原因となることはほとんどないが,それでも回線容量を超えればパケットは廃棄されてしまうし,途中のルーターやスイッチの処理能力を超えても,やはりパケットは廃棄されてしまう。

 平木教授はこのパケット廃棄の問題を,「ペーシング」の技術を使って回避している。ペーシングとはパケットとパケットの間に意図的に空き時間を作り,一定の速度でデータを通信するというもの。ネットワーク上で最もボトルネックになる部分の速度に合わせてデータを通信すれば,他のパケットが混在しない限りはパケットの廃棄は発生せず,最も効率よくデータが転送できることになる。あとは,経路上でボトルネックとなっている部分を見つけて,その管理者に改善してもらいながらペーシングの速度を上げていくことで,今回の通信速度を実現した。

将来はペーシングが当たり前になる?

 平木教授によると「ペーシングの効果は非常に大きく,これを使うだけで転送効率が10~40%も改善する」という。ペーシングを使わずに,パソコンに10Gビット/秒のインタフェース・カードを装着し,単純に10Gビット/秒の通信をしようとしても実現は難しい。現在のスイッチが搭載している数十Kバイト程度のバッファで10Gビット/秒の通信をしようとすると,ほんのちょっとの遅延であふれてしまい,すぐにパケット廃棄が生じるという。結果的に,パケット廃棄が生じにくい1Gビット/秒のネットワークの方がかえって安定して高速に通信できるという。

 この問題を解決するために,今後はインタフェース・カードにペーシング技術が搭載されるのが一般的になる,と平木教授は予測する。どのパソコンでも,送信時にある一定の速度に達したところでインタフェース・カードが自動的にパケットの量を制限すれば,ネットワーク全体として最も効率よくみんなが高速に転送できるようになるからだ。今のように自分勝手にどんどんパケットを送り出す“行儀の悪い”パソコンはスループットが伸びないので,あまり使われなくなると予測する。

 果たしてインターネットは,平木教授の考えるように,パソコンなどの端末側がネットワークを“気づかい”ながら自主的に制御する形になっていくのだろうか。それとも,インターネットを構成するルーターやスイッチなどの機器が,メモリーや処理能力をどんどん巨大化させていって通信速度のボトルネックを吸収し,その結果として端末側は今と変わらない処理方式のままで発展していくのだろうか。筆者には現時点では判断付かない。読者の皆さんのご意見をお聞かせいただければと思う。