企業情報システム分野の記者業を10年以上続けてきて思うのは,思い出に残っているネタには,“従来の常識をくつがえす新しい発想”が含まれている,ということだ。新しい発想の前で,記者は「そう来たか」と,思わず感心してしまう。

 例えば,約10年前に登場したWebブラウザとCGIがまさにそうだったし,最近では米AZUL Systemsが開発したCPUアプライアンス「AZUL Appliance」や,複数のベンダーが相次いで製品化したNAS(ファイル・サーバー専用機)をベースとする運用管理機器などが強く印象に残っている。

 WebブラウザとCGIは,記者が『日経オープンシステム』(現日経SYSTEMS)に特集コラムを書いた1995年当時,業務アプリケーションの画面を簡単に実装できるシンプルな技術として登場した。今でこそHTTPのレスポンスの遅さゆえにリッチ・クライアントが再評価されているが,当時の私は,ビジュアル開発ツールを使わなくてもCGI経由で動作するアプリケーションとHTMLのFORM文だけで画面が作れてしまうことに深く感動し,世の中のあらゆる画面はWebブラウザになるのではないかと思ったくらいだ。

 AZUL Applianceの詳細は,同僚の記者が書いた『日経システム構築』(現日経SYSTEMS)2005年3月号に掲載された記事をご覧いただきたい。アプライアンス(専用サーバー)には,例えばルーティング機能に特化したルーター機器やWeb代理アクセスに特化したプロキシ・サーバー機器など多くの例があるが,AZUL Applianceがユニークなのは何とCPUをアプライアンス化していることにある。JavaVM(仮想マシン)をメモリー上にロードして,Javaアプリケーション・サーバーの負荷分散に利用する専用装置である。同製品を初めて知った時,冗談ではなく「記者をしていて良かった」と思った。それくらい感動したのである。

NASの応用例はイノベーションの宝庫

 そして今回,従来の既成観念を打ち崩す新しい製品群として記者が紹介するのは,NAS(ファイル・サーバー専用機)という製品ジャンルの応用例である。ここ1年ほどの間に登場した製品の中で,記者が知る限り,他の製品ジャンルと比べても多くのバリエーションを持つのがNASだ。ネットワークに対してNFSやCIFSといったファイル・システムを提供する,というNASの基本機能をベースとしながら,それぞれの目的のために機能を特化させた製品が目立つ。

 アプライアンス(専用サーバー)は,汎用のサーバー機とアプリケーションを組み合わせて,ある目的に特化したパッケージング商品である。そもそも,過去に注目されてこなかった機能にフォーカスして新しいアプライアンス商品を企画する,という商品企画の発想が新しい。実際に,NASが登場した時には「素晴らしいパッケージングだ」と記者は感動した。今回紹介するNAS製品はさらに,独創的なアイディアによって,従来のNASが対象としてこなかった用途を提案している。イノベーション(革新)によって,新しいビジネス価値を生んでいるのである。

 以下では具体的に,興味深いNASの応用例を何点か紹介する。情報システムのサイジング(容量設計)の観点で工夫が見られるNASとして(1)米Isilon Systemsが開発したNAS「Isilon IQ」と(2)米EMCが開発したNAS仮想化装置「Rainfinity Global File Virtualization」を,NASをデータのバックアップ用途に最適化した例として(3)米DataDomainが開発した「DD400」を挙げる。

「ディスクレスのNAS」とは?

 記者の一押しは,(1)米Isilon Systemsが開発したNAS「Isilon IQ」である(関連記事)。ラインアップの中に,驚くべきことにNASでありながらディスクレス機が用意されているのである。ディスクを搭載しないNASとは,いったい何なのか。ディスクを搭載しないNASに,どのようなイノベーションが隠されているのか。以下で説明しよう。

 Isilon IQは,クラスタ接続を可能にしたNASである。データベース・サーバーをクラスタ接続してCPU負荷を分散するように,ファイル・サーバー機をクラスタ接続してディスク容量を拡張するとともに,CPU負荷を分散できる。バックボーンとなるサーバー間インターコネクト技術は,InfiniBandかギガビット・イーサネット。クラスタ間で複数台のNASにまたがるファイル・システムを実現できるよう,特別なソフト「OneFS」を搭載している。

 Isilon IQには,搭載するディスクの容量に応じて数種類のモデルがある。NASからディスクを除いた部分,つまりファイル・サービスというアプリケーションを動作させるコンピュータ部分は,全モデルで共通である。共通のコンピュータ部分に,それぞれ容量が異なるディスクを取り付けてラインアップを形成している。このラインアップの1つが,ディスクを搭載しないモデル「Isilon IQ Accelerator」なのだ。

 クラスタリングは,データベース・サーバーやアプリケーション・サーバーでは馴染みがあるが,これをNASの世界に適用するのは新しい発想である。Isilon IQでは,ディスク容量が足りなければ大容量ディスクを備えるモデルをクラスタに追加すればよい。一方,単位容量当たりのアクセス速度を高めたいのであれば,ディスク容量が小さいモデル(処理性能は大容量モデルと同じ)をクラスタに追加すればよい。この延長線で,容量は増やさないが,性能だけを高めたいという目的で,ディスクを搭載しないNASが存在するわけだ。

NASを仮想化する

 Isilon IQはクラスタリングによってNASをサイジングするという発想だが,まったく別のアプローチでNASをサイジングする例が,(2)米EMCが開発したNAS関連機器「Rainfinity Global File Virtualization」である(関連記事)。Rainfinityは,複数台のNAS同士の間で負荷を均等化する“NAS仮想化”装置である。

 VMwareに代表されるサーバー仮想化ソフトの世界では,論理コンピュータである仮想サーバーの処理負荷を,複数のサーバー機を集めたハードウエア・リソース内で均等に分散させる。サーバーの仮想化と同じことを,NASの世界でやろうという新しい発想がRainfinityである。Rainfinityは,複数台のNASをネットワーク・ファイル・システムの資源プールとして論理的に使えるようにする。

 NAS仮想化のための具体的な動きは,以下の通りだ。まず,SNMPやWMIなどのネットワーク管理プロトコルを利用して個々のNASの負荷を調べ,負荷の高いNASから,負荷の低いNASへと,ネットワーク・ファイル・システムのパーティションを自動的に移動させる。次に,NASからNASへとファイル・システムが移動しても,ファイル・システムをマウントする側は,マウント先のNASを意識せずに使用を継続できるようにする。

 マウント先のNASを意識せずに済む仕組みは,自動的にネットワーク・マウント名の名前解決サーバー(米MicrosoftのDFS,またはNIS/NFSのportmap)のデータベースを書き換えるというもの。これらの分散ファイル・システムの仕組みを使っていることが前提となるが,RainfinityによってNAS仮想プールの自律コンピューティングが可能になるのである。

 EMCジャパンが「NAS仮想化」というフレーズを用いてRainfinityの記者発表会を開催した時,記者は発表会場での説明を聞いても,その機能についてすぐには理解できなかった。だが,発表会後の電話取材で全貌を知った時,「これは興味深い製品企画だ」と思った。最初はNAS仮想化とは何のことかと思ったが,機能を知れば,言い得ている表現だと思う。