■1月某日 編集会議


 日経コンピュータの編集会議は毎週水曜午後6時から開催される。誌面について意見交換をしたり,特集企画を議論したりする。特集企画を議論する場合,まず記者が提案書を配って説明し,その後,編集部全員であれこれ話し合うようにしている。

 先日の雑談をもとに,玉置記者と小野口記者が提案書を出してきた。玉置が出した特集案の題名は「これがWeb2.0の正体だ」,小野口の提案は「サイト管理者の憂鬱」であった。題名を見て,くらっとした。こういう題名を「直球」という。何のひねりもないストレートということだ。

 直球の特集は読みやすいが,記者が投げたボールを読者があっさり見逃してしまう可能性もある。また,両名とは別の記者が「ホームページ構築力を高める」という提案を出していた。人気投票で上位になったWebを調べ,どのように作ればよいかを解説しようという企画である。思わず,「Webサイトをホームページと呼ぶのは日本だけではなかったか」とつぶやく。

 一連のWeb関連提案に対し,編集長や他の副編集長,出席していた他の記者から,次々に鋭い指摘が出た。「この提案書だけでは何を書くつもりなのかが見えない」「コンテンツの話より,もっと書くべきことがあるのではないか」「NCである以上,企業情報システムとの絡みをどれだけ書けるかがポイント」「そもそもWeb2.0と言った時,実体があるのか,一体何を指すのか」。

 玉置記者が「Web2.0とは何かがはっきりしていないからこそ,多くの人に理解してもらうために書く」と説明するが,なかなかゴーサインを出してもらえない。やりとりを聞いていた別の記者が「Web2.0で一番特徴的なことは,コミュニティを作ってそこで情報交換ができるということでしょう。そのパワーを企業がどう生かすか,といった切り口で書けるかどうかでは」と指摘した。それなりに時間をかけて議論した後,「後はデスク会で決める」と編集長が会議終了を宣言した。

■1月某日 デスク会


 編集会議の後,編集長,副編集長が同じ部屋に残り,会議を続ける。これをデスク会と称している。ここで特集企画を正式決定する。記者の相談にのった手前,筆者はなんとか企画を通したかった。とはいえ,記者には悪いが,「これがWeb2.0の正体だ」と「サイト管理者の憂鬱」と書かれてしまうと,どうにも推しかねた。筆者はWeb2.0の正体なぞ別に知りたくないし,サイト管理者の憂鬱では読者対象が狭すぎるし,第一なんだか暗そうである。といって別の記者の「ホームページ構築力を高める」という題名も脱力感を誘う。各記者の着眼点は悪くないのだが,とにもかくにもプレゼンテーションが下手である。

 悶々としていると,「今回はいい企画がないから来週もう一回出してもらうか」という編集長の声が聞こえた。その時,あることを思いついた。

谷島 「3人からWeb関連の提案が出ています。何かやってはどうでしょうか。NCはメインフレームとかオフコンのことばかり書いているというイメージを払拭する意味でも」

編集長 「メインフレームやオフコンって何年前のNCの話をしているんだ。別にWeb関連記事を排除しているつもりはない」

谷島 「ではやってもいいですか」

編集長 「切り口次第。今出ている提案で,特集が作れると思う?」

谷島 「確かにこれでは辛いです。そこで3つの案を合体させてはどうでしょう。企業情報システムを預かる情報システム部門にとって,Webのマネジメントは中核の仕事だ!という切り口でどうですか」

編集長 「谷島はすぐ,マネジメントという言葉を出すが,まだ何が出てくる特集かよく分からない」

谷島 「情報システム部門は,コンピュータだけではなく企業の情報を維持管理しているわけです。すると当然,Webも入ります。広報やマーケティング部門,事業部門が作ったWebサイトの運営だけ手がける時代は終わった。情報責任者としてシステム部門がWebを中核に据え,新しいビジネスモデルやシステムをどんどん提案していきましょう。これは明るいメッセージになりませんか」

編集長 「新しいシステム像を出せるなら,やってもいいかもしれない。ただし,くれぐれも『Web2.0特集』にしないで欲しい」

■1月某日 2人の記者と打ち合わせ


 以上のようなやりとりの末,筆者一任という形で,強引に特集を企画を通してしまった。ここまではよかったが,冷静に考えると,どんな話になるのかかなり不安である。早速,小野口と玉置を呼び出し,打ち合わせた。

谷島 「ということで特集はやる。ただしWeb2.0ありきで取材しないように。企業情報システムのバージョン2を探る,という意気込みで取材して欲しい。当然Webは出てきてよいが,それ以外にも面白いテクノロジーはあるから見落とさないように」

小野口 「あの,取材方法をバージョン2にできないでしょうか」

谷島 「?」

小野口 「Web1.0とか2.0って言うのです。足でまわって人に会い,質問をしてメモを手書きするという取材方法は1.0ではないでしょうか」

谷島 「それ以外に方法があるの」

玉置 「ブログを立てるとか,SNSで議論してもらうとか。Web2.0なんですから」

谷島 「まだ分かっていないようだが,Web2.0の特集ではないからね。ただ多くの人に意見を聞くことは重要だ。教えを請うなら,ITproの読者がよいのでは」

玉置 「ITproで最近,ブログみたいなものが始まりましたね」

谷島 「あそこに登場しているプロフェッショナルと,我々記者が並んではまずいだろう。やはり,基本として記事を発信し,それを見てもらうのがいいんじゃない」

 こうして始めたのが,冒頭で紹介した「企業へのインパクト~識者に聞く」である。

 両記者が色々なコメントを発信していくので,よろしくお願いします。また,企業情報システムにおいて,コンテンツとしてのWeb,技術のとしてのWebをどう位置付けていったらよいのか,ご意見がありましたらぜひお寄せ下さい。

■変更履歴
最初の小見出し中の誤記「■2005年1月某日」を「■2006年1月某日」に訂正しました。[2006/03/06 18:19]