本日の「記者の眼」を筆者が書いた意図は下記の三点である。お忙しいITpro読者が多いと思うので冒頭に掲載した。よろしければこのまま本文を読んで頂きたい。日経コンピュータ編集部における,筆者と記者とのやり取りを再現し,この特集に取り組むことになった経緯をお伝えする。

お知らせ1
 日経コンピュータ4月3日号で,「次世代企業情報システム~Webがもたらすインパクト」(仮称)といった特集記事を掲載予定です。
お知らせ2
 上記特集の取材執筆を担当する記者2名が日々の取材活動をITpro上で報告していきます。場所は,テーマ『最新テクノロジー』のフォーカス・テーマ『Web2.0』の中に設けた「企業へのインパクト~識者に聞く」です。
読者へのお願い
 上記特集テーマについて,皆様からご意見をいただければと思っています。今回の「記者の眼」あるいは「企業へのインパクト」欄の各記事をお読みいただき,読者意見欄にご意見を書き込んで下さい。特集の参考にさせて頂きます。

■2006年1月某日 誌別会議


 誌別会議とは,雑誌の発行人,編集長および副編集長,販売長,広告長が集まる会議である。雑誌ごとに開催されているので誌別会と呼ぶ。この会議では,雑誌ビジネスに関係する諸報告がなされ,今後の事業展開について議論する。雑誌の編集方針をどうしていくか,といったことについても話し合いがもたれる。
 
 筆者は昨年12月から日経コンピュータ副編集長という肩書きになったので,誌別会に出席せよと言われていたが,別の仕事で忙しく,12月は1回も出なかった。今年になって生まれて初めて出席した誌別会で,「NC(エヌシーと読む。日経コンピュータのことを社内ではこう呼ぶ)として,Web2.0をどう位置付けるか?」という問題提起が発行人からあった。

 ある副編集長が「Web2.0の定義は,あってないようなもの。ベンダーが自分の都合に合わせて『当社の技術やサービスはWeb2.0に対応している』と言っている。Web2.0という総称で括られている内容を見ると,AjaxやWebサービスなど,NCがかねてより報道している事柄が多く,ことさらWeb2.0という言葉を出して取り上げなくてもいいのでは」と述べた。

 筆者は黙って聞いていた。正直に書くと,筆者はWeb2.0という言葉を知らなかったのである。しばらくIT関連の仕事から離れていたからだ,と自分なりに言い訳を考えたが,新聞はWeb2.0という言葉を時折使っており,知らないでは済まされない。そういえば,ある大手企業のシステム担当役員がこんなことを言っていた。「新聞に載るIT動向はきちんと理解しておかないといけない。新聞を読んだ社長が突然,『あれはどういう意味だ』と聞いてくるからね。知りません,なんて言えないよ」。

 誌別会が終わり,編集部に戻ってから,インターネットでWeb2.0という言葉を検索し,関連するページをいくつか読んでみた。正直に書くと,何が新しい話なのかよく分からなかった。記者の仕事からもかなり離れていたので,ぼけているのかもしれない。

■1月某日 玉置記者と雑談


 雑誌の副編集長の仕事は色々あるが,一番時間を費やすのは記者の面倒を見ることである。特集記事の企画作りの相談に乗り,取材に同行し,どのようにまとめるとよいかを記者と一緒に考え,記者が書いた原稿を確認し,制作部門へ渡す。校正作業も記者とともにする,といった具合である。

 筆者は2年以上,日経コンピュータ編集部を離れていた。このため現在の編集部を見渡すと,筆者が話をしたことがない記者が結構いる。このため,1月はなるべく編集部に留まり,記者と雑談をするようにした。まず,玉置という若手記者と次のような話をした。

谷島 「特集の企画を今度の編集会議で提案して欲しいのだけれど,何か面白い話はない?」

玉置 「Web2.0ってNCでどうなんですかね。書いておくべき話題と思うのですが」

谷島 「うーん,あれってどこが新しいの。ここが新しい,面白いとはっきり書けるなら提案してみてもいいが」

玉置 「色々な企業が簡単に連携でき,新しいビジネスをやれるようになる,ということだと思います。例えば,グーグルのAPIを利用すると,グーグルのサービスを自社の情報システムに組み込めます」

谷島 「それってWebサービスのことじゃないの,昔から言われていた」

玉置 「まさにそうです」

谷島 「そんなの新しくないじゃない」

玉置 「数年前,こうなるだろうと言われていたWebサービスがようやく現実に使えるものになってきた,という話です。これって新しいと思いますけど」

谷島 「うーん。書きたいことを書くのが基本だから,提案カードを出してみては。とにかく『ここが新しい』とはっきり書いておいてね」

 玉置記者に聞かれた時,「Web2.0って何だ」と言わなくて済んだので,筆者はほっとした。誌別会議に出たおかげである。筆者は会議が嫌いなので,別な仕事を入れたくなってしまうが,これからも誌別会にはきちんと出ようと決意した。

■1月某日 小野口記者と雑談


 玉置記者と話した数日後,小野口記者から特集提案について相談を受けた。彼は「サイトマスターについて記事を書きたい」と言ってきた。

谷島 「サイトマスターって何?Web管理者のこと?」

小野口 「そうです。企業においてWebサイトは非常に重要な存在になっていますが,その運営は広報やマーケティング部門に任されていることが多いです。ところが,Webの維持管理が重荷になってきます。情報漏洩の問題もありますし。Web担当者の悩みや苦労話をまとめてはどうかと思っているのですが」

谷島 「そういえば数年前,情報サービス会社の集会に行った時,あるソフト会社の社長から『Webの運用や保守で困っている』と言われたなあ。その社長によると,一番仕事ができない社員を自社のWeb担当にしている。できる技術者は客に売ってしまっていて,売り物にならない技術者に自社サイトのお守りをさせているそうだ」

小野口 「酷い話ですね,それは」

谷島 「ところが,情報を漏洩させたり,止まったり,Webはしばしば問題を起こす。ITの会社なのに,自社のWebサイトのトップページを改ざんされ,顧客情報を漏らしてしまったら話にならないよね。『ちゃんとした技術者をおいておかないと,紺屋の白袴と批判されてしまう。でもそんな余裕はない』とその社長は言っていた」

小野口 「どうするのですか」

谷島 「その社長は同業他社に様子を聞いたそうだ。『どこの会社もWebは片手間にやっていました。それなら数社集まって金を出し,優秀な技術者をWebにあてて,複数企業のWebの面倒をみてもらってはどうでしょう』と言っていた。その後,本当にそうしたかどうかは聞いていないけれど」

小野口 「今の話は極端なのでしょうが,企業がWebの運営に苦労していることは間違いないです。運用もそうですが,そもそもどんなコンテンツをどう見せるか,といった点が難しいのです。そのあたりをNCでも書いてはどうかと」

谷島 「別に土俵を狭くするつもりはないけれど,企業情報システムという視点を入れて欲しいなあ。いきなりコンテンツとかサイトマスターというと,読者は『私に関係ない話』と思うかもしれない」