地上デジタル放送で,携帯電話機などの携帯端末を対象とした「ワンセグ」の放送サービスがまもなく始まる。NHKや民放各社が2006年4月1日から順次サービスを始めることにしている。当面は通常の据え置き型テレビ向けと同じ番組を放送(サイマル放送)するが,2008年以降には携帯端末向けの独自番組も提供される見通しである。
ワンセグ放送に対する消費者の反応もまずまずのようだ。ワンセグ対応の携帯電話機を発売したのはまだKDDIだけだが,既に対応製品は品切れ状態と聞く。今後,HDD(ハード・ディスク駆動装置)付きの機種なども投入されれば,好きな時に番組を録画して,どこでも視聴できる「モバイル・タイムシフト視聴」も可能になる。そうなれば,かなりの普及が見込めることになるかもしれない。
移動通信事業者が放送参入をにらむ
一方,こうした携帯端末向けの放送事業に触手を伸ばしているのは,既存の放送事業者だけではない。ここにきて移動通信事業者などを中心に,携帯端末を対象にした地上波放送事業への新規参入を目指す動きが顕在化している。
まず,移動通信技術で数多くの知的所有権を持つ米QUALCOMM社が,KDDIと組んで自社の携帯端末向け放送技術「Media FLO」を使った放送サービスを日本で事業化するための企画会社「メディアフロージャパン企画」を2005年12月に設立した。QULCOMMは既に米国では放送用周波数の割り当てを受け,米国の大手通信事業者と共同で携帯電話機などを対象にした放送サービスの開始を決めている。これと同様に,日本でも放送用周波数を取得してKDDIなどと共同で事業化したい考えである。
問題は,日本で放送用周波数の割り当てを受けられるかどうかということになる。QUALCOMMなどが目指しているのは,地上波テレビ放送のデジタル化によって空く700MHz帯の約10MHzの周波数帯域の割り当てのようである。現在の政府のデジタル化計画では,放送のデジタル化によって空き帯域が出るにしても,その新たな割り当ては地上アナログ放送終了後の2012年以降ということになっている。ただQUALCOMMなどは,うまくすればそれ以前に周波数の割り当てを受けられるというシナリオを描いているようだ。
さらに,第3世代移動通信(3G)サービスを2006年秋から始める予定のアイピーモバイルなどの新規移動通信事業者も,IPマルチキャスト技術を使った放送的なサービスの提供を検討している。アイピーモバイルは3Gサービス用に1.7GHz帯の15MHz幅の帯域を確保しており,まずそのうちの10MHzを使って高速データ通信サービスを提供する。その後に残りの5MHzの帯域を使って,IPマルチキャストによる映像配信サービスを提供したいと考えている。5MHzの帯域を携帯端末向けの映像配信に使えば,数十チャンネルの放送的なサービスが可能になる。
懇談会で放送の枠組みが変わる可能性
さて,ここで焦点となってくるのが,竹中平蔵総務相が開催している「通信・放送の在り方に関する懇談会」の議論のゆくえである。例えばQUACOMMやKDDIの放送参入の動きに対して,地上波放送関係者の多くが「Media FLOなどに放送用周波数を渡すことなど考えられない」と猛反発の姿勢だが,この懇談会の動向には注目している。「今回の懇談会では何があってもおかしくない。地上波放送に新規参入を認めて活性化するといった方針などが打ち出されるようなことがあれば,参入が一気に現実味を帯びる」とみている。
さらに懇談会では,「IPマルチキャストも,放送に分類すべき」といった意見が出ている。今のところ光ファイバーによる配信を対象にしているようだが, その対象が無線分野に広がる可能性も否定はできない。そうなれば,アイピーモバイルなどが計画しているIPマルチキャストによる映像配信は「放送」ということになる。放送コンテンツの調達にも道が開け,携帯端末向けに「多チャンネル放送」のサービスを提供することも可能になりそうである。
いずれにしても懇談会の結論を見なければ,今後の展開は見通せない。ただ,少なくとも既存の地上波放送事業者が携帯端末向けという領域で,新規参入事業者との競争に巻き込まれる可能性が出てきたのは確かだ。そうなったときのためにも,既存の地上波放送事業者各社はワンセグ放送や通信連携型の新サービスの開発に力を注がざるを得ない状況になりつつある。