「ただの防犯ブザーと比べればずっと頼りになります。うちの子が実際に使ったことはまだないけれど」。品川区の公立小学校に,6年生と1年生の子供を通わせるAさん。昨年12月,学校から子供用の防犯ブザーが配られた。PHSの通信機能が付いており,子供がブザーを鳴らすと区役所の緊急通報センターにつながる。センターから保護者や学校,子供の周辺に住む地域住民などに連絡が入り,誰かが現場に駆け付けられる体制になっている。

 子供に携帯電話やPHSを持たせることに関して,親の心情は複雑だ。緊急時の連絡手段に使えるものの,子供が他人へ勝手に電話をかけたりメールをやり取りするのは困る。

 だが,広島県と栃木県で昨年11月から12月にかけて,登下校中の児童を無差別に狙った事件が発生。社会不安が高まる中で,保護者の認識が変わりつつある。前述のAさんも「こうした端末を子供に持たせなくて済むなら,そっちのほうがいい。でも今は,安全を最優先する時代なんだ」と感じている。品川区はこの防犯ブザー付きPHSを12月までに,区立小学校に通う全児童,1万1500人に配布し終えた。

 子供の安全対策見直しが急務となる中,無線ネットワークを利用して幼児・児童を見守ろうという取り組みが相次いでいる。東京都豊島区の立教小学校では,ランドセルにつけたICタグを利用して児童の登下校時間を把握するシステムを運用中。大阪府や横浜市でも,学校と通信事業者などがタッグを組んで「子供の見守り」に関する実証実験を続けている。

 こうした取り組みは昨年末からテレビや新聞で何度も取り上げられており,多くの読者が目にしているかと思う。かくいう筆者も昨年から,子供の安全を確保するための通信サービスや情報システムを取材して回った。その詳細は2月1日号の日経コミュニケーション特集「『子供を守る』携帯電話」にまとめた。

 さて特集記事の執筆を終えた今,筆者は素直に「無線ネットワークや,その提供者が力を発揮できる部分は大いにある」と実感している。

 取材先で聞いた話だが,数年前に起こったとある誘拐事件で,GPS対応携帯電話を使う位置情報サービスが大いに役に立ったという。その事件とは「GPS端末を持っていた人が自動車で誘拐された。家族は携帯電話の位置をパソコンで検索しながら,警察と逐一連絡。犯人と誘拐された人が車を降りた瞬間,現場で犯人を取り押さえることができた」というものだった。

 実際の事件に至らなくても,犯罪を未然に防いでいると思われるものも多い。例えば,「どこそこで不審者を見かけた」との情報を,保護者の携帯電話に一斉配信するシステム。小学校から高校まで,全国規模で導入が広がっているという。子供が危険な地域に近付かないよう注意を促すことも,重要な安全対策の一つだ。

 ただし一方で,どの事業者のサービスや実験システムにおいても「本当に子供を犯罪から守るための作り込みは,まだまだこれからだ」との思いも強くしている。

 例えば,携帯電話事業者が提供しているGPS対応携帯電話の位置情報サービス。端末の現在地を特定することにかけては,誤差数メートルと大変な性能を誇る。

 だが「携帯電話や無線ICタグが犯人に取り上げられたら,手も足も出ない」というのでは,安全とはとても言えない。少なくとも「端末から緊急の電話をかけた場合,端末からは電話を切れないようにする」,「たとえ犯人に電源を切られても通信できるようにする」など,犯罪発生時まで想定した機能が必要だろう。携帯電話事業者はこうした特別な端末の提供を,これから本格化させる段階だ。

 しかも当然ながら,「端末を一回発売して,それでおしまい」という話にはならない。実践の中で,端末の形状もネットワーク機能も磨き上げていく必要がある。そこにどれほどのこだわりを持たせられるかどうか。それが,いざというときに大きくものを言うはずだ。

 社会犯罪に詳しい専門家は筆者に対し,こう言って嘆いていた。「かつては“向こう三軒両隣”といって,地域ぐるみで不審者情報などを共有することで安全を守っていた。でも今の社会は,何か事件が発生しても近隣同士が見て見ぬふりをしてしまう。現場からの情報の量と質を高めることこそ,犯罪防止や犯人の検挙に最も重要なのに」。そんな社会だからこそ,「情報」を伝えるために存在する通信の世界にはやれること,やるべきことがたくさんある。