どうすればITエンジニアは職業人として幸せに生きていけるのか。私は記者活動のテーマとして,これを掲げている。

 プロとしての能力を身につけるためには。よりよい評価や処遇の体系は。現場の労働環境はどうなっているのか,どうすれば改善するのか---。これまで私はベンダーの人材育成や処遇制度,あるいはITエンジニアのメンタルケアやプロマネの労働実態といった労働問題を取材し,記事を書いてきた。

 私が言うまでもなく,このテーマは非常に奥が深い。当然,私のような冴えない若造には一筋縄ではいかない。だがそれでも「自分はどう働けば幸せになれるのか」と自分自身の問題としてもとらえつつ考えてきた。愚直に考え続ける理由は,「幸せに働いている人がいないIT業界など先はない」と思うからである。

 職業人としての幸せは,自分の好きな仕事で他者に価値を提供し,その対価をもらって満足することだろう。では,自分は誰にどんな価値を提供し,どんな対価をもらうと幸せな気分になれるのか。そもそも,何をすると自分は幸せな気持ちになれるのか。当然,何をすると幸せな気持ちになるかは人によって違う。それが人の特性,あるいは個性というものなのだろう。では自分の特性や個性とは何か。

 幸せに働くためには,まず自分自身の本質と向き合い,自分が生きる意味を考えることが必要になる。「何を大げさな」と感じる方もいるかもしれない。しかしここまで立ち返らなければ幸せに働くという姿には到達できないというのが,私が至った結論だ。

 自分自身の本質を追求する作業は一般的に困難だ。だから,なかには本質を探し出すことをあきらめている人もいる。「そんなものはどこにも存在せず,働きながら作っていくものだ。くだらない自分探しなど止めて,さっさと手頃な職を見つけて働いたほうがよい」と言い切ってしまう人もいる。

 そうした意見にも一理ある。最初は嫌々取り組んでいた仕事に新たな自分の可能性を見いだすケースはしばしばあるからだ。ただ私には,十分な業務分析もせずにシステム開発を始める行き当たりばったりなプロジェクトを思わせる。

「ワクワクを追求すれば自分も社会も幸せになる」

 問題は,効果的な自分探しの方法論がないことにある。自分自身の本質を発見するのによい方法はないのだろうか。そう考えながら調べていたところ,興味深い書籍に出会った。米国で事業家,政治家,教育家として活躍したマイク・マクマナス氏(故人)が書いた「ソース」(出版社はヴォイス)である。

 この書籍でマイク・マクマナス氏が言いたいことはただ一つ。「自分がワクワクすることを追求せよ。そうすれば,自然と良い仕事と良い人生に巡り会える」ということである。そんなに都合が良い話があるのだろうか,と思う人も多いだろうが,まずは本の中の印象的なフレーズを紹介したい。

「責任感のウソ---人が取るべき責任ある行動はただひとつ。自分が心からしたいことをすることである。それが人生でもっとも責任ある行動であり,その人が負う最高の責任である」

 そんな自分勝手な生き方が通用するわけがない,と思う人も多いことだろう。しかしマイク氏は次のように反論する。そんな自分勝手な,と思う人ほど,親や先生,(実態があやふやな)世間が規定する選択肢に無理やり自分を合わせ,ストレスで心と体の健康を蝕んでいる。こんな姿に自分を追いやっていることこそ,自分のパフォーマンスを低め,ひいては社会全体の生産性を下げているのではないか。

「ヤル気のウソ---ヤル気を無理に起こそうとしてもうまくいかない。無理やりにヤル気を出す必要があるのは,したくないことをしなければならないときだけ。したいことをしようとしているとき,ヤル気は体の中から自然とわき出てくる」

 成果主義の浸透,勝ち負けを区別するキーワードのまん延を象徴するように,世の中はプラス思考を喚起させるための書籍やセミナーが流行っている。それらは本人,あるいは部下のモチベーションを引き出すための手法を数多く盛り込んでいる。

 しかしこうしたものは一時的に気分を盛り上げるのには効果的だが,すぐに続かなくなり,挫折するのがオチだ。マクマナス氏は,「自分のしたくないことをわざわざ選び,無理やりヤル気を出そうとしている人々があまりにも多い」と指摘する。

 畳みかけるようにマクマナス氏は持論を続ける。

「能力のウソ---適性のあるなしは,職業的な成功とは無縁」
「上手のウソ---下手でも心を燃やせるものなら,絶対にやりつづけよう」
「決断のウソ---私たちにとって最善の行為は,決断をぐずぐず先に延ばすことだ」
「妥協のウソ---自分がやりたいことを全部やるのは可能で,むしろすべてやるべきだ」

 提起だけを羅列してみると頭に浮かぶのは疑念ばかりだが,自身も職を巡って苦労を重ねてきたマクマナス氏の巧みな論破により,疑念は次々と説き伏せられる。もちろんそれでも「そうはいっても」と反論したくなる部分は残る。ただ,最近はやりの「自分探し本」の中では群を抜いて説得力が高いは確かである。

過去のワクワクから本質的な要素を抽出

 そのマクマナス氏が開発した自分の本質を探る手法とはどんなものか。かなり単純化して説明すると,「過去にワクワクを感じた作業やできごとをリストアップし,それぞれの本質的な要素(上位の概念)を抽出すること」である。特にITエンジニアの方は,こうした作業は得意なのではないだろうか。

 例えば学生時代に登山が好きだった人は「目標に到達した時のすがすがしさ」といった要素を抽出することだろう。またサッカーが好きだった人は「仲間と一緒に勝利を手にする」という要素を抽出するかもしれない。一方,blogで毎日日記を書くのが心底楽しいという人は,「自分の考えを人に伝える」あるいは「文章を書く」という要素を抽出するのだろう。

 重要なポイントは,作業やできごとの見かけではなく,「それらのどんな要素にワクワクを感じていたのか」に着目することである。例えばファッションにお金をかけて喜びを得ている人は,実はファッションそのものが目的なのではなく「美しいものに囲まれて過ごすこと」や「美しいものを組み合わせて新しい価値を見い出すこと」にワクワクを感じているのかもしれない。

 こうして抽出したキーワードを整理したものが,各人の「ワクワクの本質」だ。ワクワクの本質と合致した仕事が,理想の仕事,つまり天職というわけである。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT)のエドガー・H・シャイン教授は,「キャリア・アンカー」という考え方を提唱している。キャリア・アンカーとは,その人の職業選択を決定付ける要素のこと。基本的な考え方や手法は,マクマナス氏のソースと共通する部分が大きい。

IT産業でどう自分のワクワクを生かすか

 抽出作業を通して自分のワクワクの本質を明らかにしたとしても,ワクワクの本質すべてそろえた仕事はすぐには見つからないことだろう。もしかしたら,存在しないかもしれない。ただ少なくとも,何にワクワクするのかを明確化しただけでも,大きな前進と言える。仕事のあり方を自分のワクワクに沿うよう徐々に変えていけばよいのだから。また,ワクワクの本質の一部でもいまの仕事の中に見い出せれば,目の前の仕事をワクワクしたものへと転換できるかもしれない。

 社員がそれぞれのワクワクを再発見することは,企業にとってもメリットがある。「好きこそものの上手なれ」を地でいく社員が増えれば,企業も発展を遂げるに違いない。

 その一方でマクマナス氏は,「仕事一辺倒の生活は決してワクワクの人生ではない」と警告する。「ほとんどの人がエネルギーの9割を仕事に費やして,家族や社会とのかかわり,趣味の時間などをおろそかにする。それでは豊かな人生は送れない。人間は多面的な要素からできあがっている統合的な存在だからだ」。長時間労働が常態化しているIT業界だからこそ,ワクワクの再発見はことさら深い意味を持つ。

 ワクワクを再発見した結果,IT業界を離れるしかないことがわかった。こう判断した人に対しては,残念ではあるが新しい道を応援したい。ただ願わくば,これまで手がけてきたITの仕事でワクワクを再発見してほしいと思う。一人でも多くのITエンジニアが自分の仕事にワクワクを再発見し,統合的な自己を取り戻せば,IT業界はもっと幸せな業界になると確信している。

高下 義弘=IT Pro