現場は違法行為だと知らない?

 過去に大手システム・インテグレータでシステム開発本部長を務めていた某社長は,「私も現役の時は偽装請負を当たり前にやっていた。どのIT企業も多かれ少なかれやっているが,ほとんどの企業は改善しようとしないし,話題にするのも嫌がる」と証言する。ほかにも,複数の企業で「現場では,むしろ当たり前」という声を聞いた。

 ところが昨年末に,改めて取材をしていると違和感が生じた。当たり前すぎて,現場のIT技術者は,違法行為に手を染めていることを知らないのではないか,という違和感である。システム・インテグレータの担当者に対して「偽装請負対策について,お話をお聞きしたい」。そうお願いするとほとんどの場合,「ギソウウケオイって何ですか?」と逆に質問されて,偽装請負の説明しなければなかった(蛇足であるが,説明した挙句に取材を断られるケースがほとんどだった)。

 偽装請負の改善指導を行っている東京労働局需給調整事業部・需給調整事業第二課長の廣木 正輝氏も,「IT業界は,従業員からの通報で偽装請負が発覚する例がほとんどない」と不思議がる。他の業界では,従業員からの通報で発覚するケースが多いのにもかかわらずだ。

 これは「偽装請負について会社では教えてない」(某社の事業部長)という企業が多いということではないか。ただし,ほとんどの企業から取材を拒否されるので正確なところは,まだつかめていない。一方で,勉強しないIT技術者にも問題があるという指摘もある。「IT技術者は自分たちが労働者だとは思っていない」「自分たちが損をしているのに,法律を勉強しようとしない」といった意見だ。

 業界内での問題に加え,これまでは,監督官庁である厚生労働省の眼が行き届かなかった。偽装請負問題に詳しいIT産業サービス機構理事長の井上 守氏は,「IT業界では他業種と異なり,怪我などの労働災害がないため表面化しなかった」ことなどを理由に挙げる。これらの理由で,IT業界の偽装請負問題は長らく放置されてきた。

 ところが2004年末,まず東京労働局による偽装請負の調査でIT業界の問題が表面化した。さらに昨年10月~11月には首都圏7都県の労働局が,適正化キャンペーンの一環としてIT業界向けの「派遣・請負適正化セミナー」を開催するなど,にわかにIT業界の偽装請負問題がクローズアップされている。

 特に,労働局が問題視しているのは,多重派遣型の偽装請負である。労働局が調査を進める中で,職業安定法違反や労働者派遣法違反のシステム・インテグレータなど複数社が「IT業界では多重派遣が常識化している」と発言したのである。この発言により,偽装請負問題はIT業界全体に飛び火した。