あなたが卒業した大学や短大が,突然なくなるかもしれない---。

 2005年6月,山口県萩市の萩国際大学が民事再生法適用を申請した。同大学は,このところ,大幅な定員割れが続いていたという。これに先立つ2005年5月,文部科学省は大学や短大などの学校法人が経営破たんした際の対応策などをまとめたレポートを発表している。

 日本私立学校振興・共済事業団の調査では,2005年度の私立学校の入学状況は,29.5%の大学,41.3%の短大が定員割れだった。同事業団の私立学校に対する調べでは,2003年度時点で,大学の24.9%,短大の34.8%が,単年度の収入で支出をまかなえない「赤字」状態になっている。この傾向は今後,さらに進むに違いない。文部科学相の諮問機関である中央教育審議会は,2007年度には大学・短大の志願者数が総定員を下回る「全入時代」に突入すると予測している。

 もちろん,国公立の場合,定員割れが理由で大学が突然なくなる可能性は低いだろう。だが,学部や学科のレベルだと事情は異なるはずだ。国立大学は2004年4月,独立行政法人に移行した。これによって,国の支援は徐々に減り,財政上の自助努力が求められることになった。受験生に人気の無い学部や学科などは,企業と同様に,リストラや合併の対象になりかねない。また,定員が確保できるだけでは大学の経営は安定しない。受験料収入も大学にとっては貴重な財源。少しでも多くの「受験生」を集めることが大切だ。

Webサイトが受験生の数を左右する

 こうした状況の下,各大学は受験生に対するPRに注力している。そのなかで,一部の大学は,受験生の利用を念頭に,Webサイトの見直しを進めている。ここ数年で,大学や短大のWebサイトの出来が,受験生の数を左右する大きな要因になったからだ。大学関係者の話を総合すると,Webサイトの情報を基に学力や興味から10~20校程度の候補を半分程度に絞り込み,さらにオープンキャンパスなどで情報を集めて受験校を決定するのが,最近の一般的な志望校決定の流れのようだ。静岡大学情報学部が2005年度の新入生を対象に実施した調査では,パンフレットや受験雑誌,オープンキャンパスといった手段で大学の情報を入手していた学生がそれぞれ3割程度だったのに対して,Webサイトから情報を入手していた学生は8割弱に達していたという。

 2005年12月に,日経BPコンサルティングが,「全国大学サイト・ユーザビリティ調査2005」の結果を発表している。これは,大学サイトのユーザビリティ(使いやすさ)を横断的に調査して,ランキングを算出したもの。Webサイトの構造や掲載している情報,個人情報保護体制の説明,問い合わせ対応など全51項目を調査している。ランキングの1位は,私立大学の中央大学。以下,2位が大阪教育大学(国立),3位が神戸市外国語大学(公立),4位が東海大学(私立)と続いている。

受験生の確保につながる大学サイトの条件とは

 記者は,2005年の末から2006年の冒頭にかけて,ユーザビリティ調査の上位大学を含めて,いくつかの大学のWebサイト担当者に取材した。いずれの担当者も,受験生の確保につながるWebサイトの重要性を力説していた。さらに,実際に受験生を意識したWebサイトのリニューアルを実施済みの大学も複数あった。そこで,こうした大学の取り組みを参考に,受験生の確保につながる大学サイトに不可欠な条件について考えてみたい。

 まず必要な条件は,「情報の豊富さ」だ。大学サイトのなかには,紹介パンフレットに載っているであろう基礎的な情報すらないところも多い。こうした既存の情報をきちんと掲載するだけでも,受験生には参考になるはずだ。例えば,講義の内容を紹介する「シラバス」。学内の学生向けにどの大学も用意しているはずのシラバスの情報は,大学の実態を伝えるのに有効だ。教員の研究内容やプロフィールなどの情報も必須だろう。

 次が,「情報の見つけやすさ」。大学サイトの場合,学部や学科単位で独自のWebサイトを構築していることが多い。こうなると,ページのデザインやナビゲーションなどはバラバラ。たとえ目指す情報がサイトにあったとしても,受験生がそこまでたどりつけるとは限らない。Webサイトの中でデザインやナビゲーションが共通であれば,同じ大学の異なる学部や学科の間で情報を比較するのも簡単だ。

 もっとも,Webサイトのデザインやナビゲーションは,サイトの構造そのものにも依存する。一部のページを書き換えただけでは,情報を見つけやすいサイトにならない。このため,「必要性を分かっているものの,手を付けられない」のが,多くの大学の実態だ。ユーザビリティ調査で1位になった中央大学は,2005年の2月から3月にかけて,受験生やその親を対象にグループ・インタビューを実施している。インタビューでは,中央大学の調査であることを伏せて,複数の大学のWebサイトを利用してもらい,情報の中身やサイトの使いやすさの評価を聞いたという。その後,こうした評価の結果を反映する形で,2005年9月にWebサイトをリニューアルしている。

 3番目のポイントは,検索エンジンで情報を見つけやすくする「SEO」だ。インターネット利用者の多くは,情報を探す際に検索エンジンを利用する。Webサイトの情報を検索エンジンで見つけにくければ,大学の情報が受験生に伝わる機会が減ってしまう。タイトルタグをページの内容を適切に表す内容にしたり,HTMLの文法に従ってWebページを構造化したりするのがSEOの基本的な手法だ。使いやすさの改善とSEOとは,共通する内容が多い。SEOの取り組みを進めれば,Webサイトも自然と使いやすくなる。

 ただ,本格的にSEOを進めようとすると,多くの場合,Webサイトの構造や仕組みを変える必要が出てくる。ある大学のWebサイトでは,シラバスの内容をWebサイトで公開しているものの,利用者の入力条件に従って動的にWebページを生成して内容を表示する仕組みになっている。この場合,検索エンジンはシラバスの情報を収集できないため,検索エンジンではシラバスのページは見つからない。検索性を高めるには,情報提供の仕組みを変える必要がある。

Webガバナンスを実現できるか

 先ほど触れたように,学部や学科などが独自のWebサイトを構築していることが多い大学サイトでは,これら3条件の確保が困難だ。研究所や病院など,関連組織の多い大規模な大学となると,なおさらである。ただ,そういった状況だからこそ,Webサイト全体を統一的に管理する「Webガバナンス」を実現してWebサイトの改善を進めれば,受験生の確保で,ほかの大学に差をつけられる。

 前述のユーザビリティ調査で4位に入った東海大学は,2005年の4月と11月の2度にわたって,Webサイトをリニューアルした。ユーザビリティの改善を目指した11月のリニューアルでは,3000万円程度の費用を掛けて約5500のWebページを一斉に書き換えた。東海大学が大規模なリニューアルを実現できた背景には,トップダウンによる決定がある。東海大学の場合,北海道東海大学や九州東海大学なども併せて,「学校法人東海大学」が運営している。この学校法人東海大学の経営方針を決定する常務理事会が2005年冒頭に,受験生の確保を念頭にWebサイトに力を入れるという方針を決定。「戦略的広報としてお金を投じることになった」(学校法人東海大学 学務局広報部広報課の篠原正明課長)。

 こうした統括管理の体制を整えているのは,大阪教育大学も同様だ。大阪教育大学では,情報処理センターと事務局が協力してWebサイト全体を管理する体制になっている。同大学は,2004年4月の独立行政法人化に合わせて,Webサイトをリニューアル。Webサイトの情報やデザインに関するガイドラインを策定し,トップページから2階層目までは,Webサイトの総括責任者が管理運営している。また,留学生の確保を意識して,英語と中国語のWebページも用意している。

 Webガバナンスを実現して,きちんとしたサイトを構築できれば,さまざまな面で大学の情報発信力が向上する。共同研究や産学協同など,外部との連携の推進にも寄与する。インターネット関連ビジネスに限らず,Webサイトの優劣が企業の業績に結びつくことについて,異論をはさむ人はもはや少数だろう。これからは,同様にWebサイトの出来によって,大学のブランドや競争力が大きく左右されるようになるに違いない。

 冒頭で紹介した萩国際大学は,外部の支援を受けて再建計画を策定。2006年度の新入生の募集も実施している。同大学のWebサイトが魅力的がどうか,サイトを訪問して確かめてみてはいかがだろう。

中野 淳=日経パソコン