最初にお断りしておくが,今回の記者の眼はITの実務にかかわる話ではない。言いたいことは単純,「マスコミの論調とは異なる意見を持とう」というものである。「我々にではなく,マスコミ関係者に言ってくれ」と言う読者もおられようが,最近筆者が考えたことを数点列挙するので,IT仕事の骨休めに読んでいただければと思う。

 本原稿の内容は新幹線の中で考えたものである。原稿自体も新幹線の中でかなり書いた。新幹線に乗ったのは12月12日,ある知人と京都まで行った。13日の朝から開かれるシンポジウムに出席するためである。知人と会うのは久しぶりであったので,同じ新幹線で移動し,京都で晩ご飯を食べようという段取りであった。

 知人は大手システムインテグレータで研究活動をされている。もともとは電機メーカーに入り,しばらくしてコンピュータ・メーカーに転職,それから現在の会社へ移られた。専門はソフトウエア工学で,著書や翻訳書をたくさん出している。

 京都へ行く12日,筆者は朝からパソコンに向かっていた。原稿3本の締切が重なったためだ。知人を浜松町界隈のビルまで迎えに行く時刻は15時50分。それまでに3本の原稿を仕上げなければならない。内訳は,日経コンピュータの原稿が1本,筆者が企画と編集作業を担当した『不屈の経営』という特別サイト用の原稿が2本である。

 不屈の経営のうち1本は外部筆者の寄稿であった。いわゆる日本版SOX法を巡る騒動に冷水をかけてもらおうと思って原稿を依頼したところ,みずほ証券や東京証券取引所の問題が起き,それを受けて寄稿者が原稿を書き直したので,こちらの編集作業が12日にずれ込んだ。正確に言うと,10日~11日の土曜日曜に寄稿者と電子メールでやりとりをし,12日に仕上げたのである。

 筆者が書いた別の原稿は,バイオメトリクスを本人認証に使うことへの疑問を提示するものであった。「安全な生体認証の導入を急げ」と言わんばかりのマスコミの論調に対抗しようという主旨である。このテーマの中で,日経産業新聞の記事を引用する必要があった。ところが年末に事務所を引っ越すため,全社を挙げて大掃除中であり,まわりにも他の編集部にも過去の新聞がない。困ったあげく,日経コンピュータ編集部に電話をした。電話に出た若手記者は「日経テレコンを引けばいいじゃないですか」とあきれた口調で答えた。日経テレコンとは,新聞記事などを記録したデータベース・サービスである。

 しかし筆者は昔から「データベースを見て記事が書けるか」と公言していたため,操作方法がよく分からない。結局,電話に出た記者にテレコンを検索してもらい,筆者が知りたかった個所を教えてもらった。たまたまこの記者が新人のとき,筆者が指導係であったので,無理が利いたのである。今後,記者のデータベース利用については文句を一切言わないことにした。

 3本目の原稿をメールで送信したのが15時35分,慌てて荷物をまとめ,知人を迎えに行く。浜松町から東京駅まで山手線に乗った。その車中で話したのは,オープンシステムの定義についてである。知人は少し前に海外で開かれた標準化を巡る国際会議に出席した。その会議の冒頭,「まずオープンシステムとは何かを定義しよう」という呼びかけがあり,出席者があれこれ意見を述べたそうだ。

 「さすがですね。日本では,何がオープンかという定義も合意もなく,ただただオープンだからよい,という記事がマスメディアに出ますからねえ。以前,オープンシステムとは何かを考えてコラムを書きましたがよく分からないままでした」
 「いや,国際会議でも議論の結論は,オープンシステムとはよく分からない,ということになってしまいました」

 そういえば『日経オープンシステム』という雑誌があったが,『日経システム構築』に衣替えしたなあ,あれは正解だったのかもしれない,と考えているうちに東京駅に到着した。16時33分出発の新幹線に乗るので多少時間があった。プラットホームに公衆電話があったので,ある大学の教授に電話をかける。いまだに携帯電話を持っていないからである。教授が直接電話に出られたので,要件を伝えることができた。

 その要件とは,「コンピュータはもっといろいろなことに使えるのではないか」というテーマのパネルディスカッションへの協力依頼であった。コンピュータは驚くほど普及したが,パソコンにしてもサーバーにしても,持てる能力のどれほどを使っているのだろうか。ワードプロセサや表計算,業務パッケージは皆,重要だが,それらを動かすだけがコンピュータの役目ではないはずだ。教授から了解をもらい,安心して電話を切った。

 16時25分,新幹線に乗り込む。座席は6号車の最後尾20A。知人から「パソコンを使いたいので一番後ろの座席をとってくれ」と言われ,最後尾の席を確保しておいた。確かにパソコン用の電源はあるし,前の座席と通常より離れているし,椅子を後ろに倒すとき断る必要もないし,快適であった。面倒なので出張時にパソコンを持って歩かなくなっていたのだが,今回は持参しこの原稿を書いた。

 新幹線車中の電光掲示板に,みずほ証券の損失額は400億円,というニュースが流れた。2002年に,みずほ銀行がシステム障害を起こしたとき,経営トップが「実害はない」と国会で発言し,マスコミからたたかれた。へそ曲がりの筆者は当時,「その通り」と思ったし,ATM停止についての私見を書いたりしたが,今回のみずほ証券の誤発注は大変な実害である。

 「システム障害の被害額はなかなか算出できないものですが,今回の件は明確で,かつ大きい。過去最大かもしれませんね」
 「また何か記事を書かないといけないのでしょう。どのようなことを書かれますか」
 「騒ぐな,と言いたいところですけれど,この金額を前にするとそういうわけにはいきません。それでもマスコミに言いたいのは,現場のシステム担当者の苦労を頭の片隅に入れた上で報道してほしい,ということですけれど記者の私がそう書いても....」
 「前回,東証がシステム障害を起こした時に,そのことをコラムに書かれていましたね」
 「記者である私がマスコミ批判をすると,面白いという読者もいますが,怒る人もいます」
 「マスコミでいうと,みずほ証券・東証事件もさることながら,例のマンション問題の報道もひどいですね」