秋晴れの穏やかな気候となった2005年11月9日は,日本の通信サービスを語る上で間違いなく節目となる一日だった。

 この日,NTTグループが「中期経営戦略」の実現に向けたアクション・プランを発表した(関連記事)一方,総務省が3グループに携帯電話事業への新規参入を認定した(関連記事)からだ。どちらも通信業界にとって大きな価値があるニュースではあるが,そのベクトルは全く逆を向いていた。

 先に携帯電話の話をしてしまうと,総務省はアイピーモバイル,イー・アクセス,ソフトバンクの3グループを携帯電話事業に新規参入する事業者として認定。携帯電話サービスに12年ぶりに新規事業者が誕生することになった。特にこれまでNTTドコモなど3グループだけだった携帯電話事業者が一気に2倍の6グループになることで,料金の値下げなどさまざまな効果を期待できる。競争政策を推し進めたものだ。

 NTTの発表は,グループ各社の「役割分担を再整理」するというものだった。この結果,NTTコミュニケーションズは業務内容の大きな変更を迫られ,NTTドコモはグループ内で今まで以上に重要な役割を担うことになった。これは1985年の設立以来,NTTが20年目に自らの手で組織を“再々編”したもの。(なお,NTT再編とは1999年のNTTの東西NTTとNTTコミュニケーションズへの分割を指す)。後にNTT持ち株会社の和田紀夫社長が「グループの社員に説明する目的もあった」と明かしたように,NTTがこれから向かう方向性を社外だけでなく,グループ内の社員に告知するのが狙いだった。

法改正を待たずに「役割を整理」

 2004年11月,NTTグループは2010年に光ファイバを3000万世帯に引くという中期経営戦略を公開していた。そして目標達成のために,2005年11月に中期経営戦略を実現するためのアクション・プランを発表した。その中核となるのが「次世代ネットワーク」と呼ぶ新しいネットワークである。

 次世代ネット構築のため,NTTはグループ内事業の整理という大なたを振るった。これまで次世代ネットの構築に積極的な姿勢を見せていたNTTコミュニケーションズをその役割から外し,法人営業とインターネット接続サービスや検索サービスなど「上位レイヤー」のサービスを集約。次世代ネットの構築は東西NTTに担当させる。そして次世代ネットとNTTドコモのネットワークをシームレスにつなぐ計画も明らかにした。

 この発表内容について和田社長は,「グループ内の役割の整理であり,法制度には抵触しない」と言い切った。法制度とは,東西NTTを規制しているNTT法などのこと。これらを改正して,グループ各社の役割分担が落ち着くのを待ってはいられないという思惑が働いたようだ。そうでなくてもこの1年間,東京電力とKDDIの提携などさまざまな変化が通信業界を襲っていた。総務省との調整や国会の審議に時間を取られているヒマもない。であれば現行法制度の枠内でやってしまおうというのが「役割の整理」なのだ。

 しかしこの決断は,時計の針を逆回しすることにほかならない。NTTコミュニケーションズに担わせていたIP系の技術をNTT東西に引き戻し,NTT東西とNTTドコモのネットワークをシームレスにつなぐ。確かに組織の枠組みは現状のままだが,人材やネットワークの構造は1999年のNTT再編どころか,1992年のNTTドコモ(当時はNTT移動通信網)の分離の前までさかのぼろうとしている。もっと言えば1985年の民営化で始まったNTTの歴史をなかったことにして,次世代ネットの構築に最適な形に押し込めた。

 これから構築しようとする次世代ネットでNTTは,アクセス回線の光化とともに,電話網を含むネットワークのIP化,および固定通信と移動通信の統合を一気に実現しようという壮大な計画を持っている。世界中を見渡してもこれだけの構想を掲げた通信事業者は皆無と言って良い。例えば2004年に電話網のIP化と固定/移動通信の融合を発表した英BT(ブリティッシュ・テレコム)は,アクセス回線は電話回線をベースとしており,携帯電話事業は別会社のボーダフォンとの連携で実現する。

 2010年までに光ファイバを3000万世帯に引くという目標自体,達成は容易でない。9月末時点で光ファイバの利用世帯は他の事業者のサービスを含め約400万。前年に比べて2倍に伸びたとはいえ,目標とはまだ大きな差がある。NTTグループ各社の幹部に実現可能性を聞いても,今のところ達成を確信した答えは返ってこない。

 つまり,今回の役割の整理は,壮大な目標実現のためにNTTグループとして腹をくくった結果なのだ。NTTグループをもってしても,無駄を廃し効率化を図らざるを得なかったというわけだ。

目標に向けた熱意が方向を誤らぬように

 このアクション・プランの発表を受けて取材を進めるうちに,目標達成に向けて作り上げた体制に軋(きし)みが見えてきた。歴史を逆戻りさせようにも,長年かけて築き上げた組織とその中の人材が障害となっているのだ。

 例えばこれから次世代ネット構築のための人材を,東西NTTに移動させるNTTコミュニケーションズ。IP系の技術に長け,1999年の設立後に採用した社員もいる同社には,役割の整理という大義名分で会社を異動することに抵抗感を持つ社員が少なからずいる。

 今後,新規参入組を含めた他事業者と厳しい競争を繰り広げるNTTドコモはもっと深刻かもしれない。固定通信と移動通信の統合とは,携帯電話のトラフィックを固定電話網に流す側面を多分に持っているからだ。携帯電話がもうからないとされた時代に分離独立した同社の中には,いまさら固定電話網との接続にすんなりとうなづけない意見もあると聞く。

 そして独占の懸念もある。NTTは発表で次世代ネットを「オープン」にすると宣言していた。NTTの幹部も「次世代ネットは独占回帰を目指したものではない」と断言する。しかし,発表した通りの次世代ネットを時間が限られた中で構築するには,役割の整理で見せた通り,効率化を図り多少の無駄さえも削らざるを得なくなる。

 もしもNTTの目標達成のための熱意が,閉鎖的で全体主義的なところに向かうのであれば,これは正さなくてはいけない。日本の通信サービスが発展してきたのは,1985年の通信自由化以来,さまざまな規制緩和があり競争政策があったからだと,記者は確信しているからだ。現在通信事業の中で唯一もうかるとされている携帯電話事業への新規参入が,NTTグループの発表と同じ日に認可されたのは,まさに象徴的なことだったのだ。

 日経コミュニケーションは今後も取材を通じて,この次世代ネット構築に向かってNTTグループが進む道を追いかけて行く。

 なお今回のNTTグループの再編案に対するお考え,そして本記事に対するご意見は,ぜひフィードバック欄にお寄せいただけると幸いである。

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 蛇足だが,過去を振り返りつつ記事を書いたのは,記者が所属する日経コミュニケーションが今年創刊20周年という節目を迎えたからである。通信自由化元年の1985年に創刊し,NTTが再々編となる発表をした今年,ちょうど20年目に到達した。ひとえに読者の皆様と取材に応じていただいた皆様のおかげと考えている。この場を借りて御礼申し上げたい。

 蛇足ついでに宣伝を一つ。日経コミュニケーションは創刊20周年を記念して,単行本を2冊同時発行した。タイトルは「光回線を巡るNTT,KDDI,ソフトバンクの野望」と「風雲児たちが巻き起こす携帯電話崩壊の序曲」。業界内の動きがあまりに激しいため,固定通信と移動通信に分けて2冊同時刊行とした。12月12日が発行日なので,もう書店に並んだ実物をご覧になられた方もおいでだろう。本記事を読んで固定通信と移動通信の現状と今後に興味を持たれた方は,ご一読いただけると幸いである。

(松本 敏明=日経コミュニケーション