皆さんが「Linux」と聞いて具体的に思い浮かべるのは,米Red Hat社の「Red Hat Enterprise Linux」やその先行開発版となる「Fedora Core」,米Novellの「SUSE Linux」,あるいはミラクル・リナックスの「MIRACLE LINUX」,ターボリナックスの「Turbolinux」などのLinuxディストリビューションではないだろうか。
これらの多くは有償で提供されているLinuxディストリビューションである。Linuxはよく「無償OS」と簡単に説明されるが,IT業界での実態はそうではない。プリインストールやサポートなどの対象となるLinuxのほとんどは有償である。
Linuxはまた,「ベンダー非依存」のOSとも言われることもある。確かに,特定のコンピュータ・ベンダーの独自OSではないという点では非依存だが,上記の例ではディストリビュータが主導して独自の改良を加えていることを考えると,ディストリビュータには多かれ少なかれ依存していると言える。
IT業界では,Linuxの特徴として挙げられることの多かった「無償」や「ベンダー非依存」は当てはまらなくなりつつあるが,だからこそ注目を集めているLinuxディストリビューションがある。それが,「Debian GNU/Linux」だ。そのDebian GNU/Linuxを,日経Linux2006年1月号で大々的に取り上げた
特定企業に依存しないLinuxディストリビューション
Debian GNU/Linux(以下,Debian)は,コンピュータ・メーカーやディストリビュータといった特定の企業に依存せず,主に個人が集ったボランティアにより開発・提供されているLinuxディストリビューションである。以前は無償で提供されているものが多かった各Linuxディストリビューションが有償になるにつれて,フリーに(自由に)使えるLinuxディストリビューションとして個人ユーザーや中堅・中小企業のユーザーから以前にも増して注目を集めている。Debianを知っている人には今さらかもしれないが,「Debianの基本」という特集を担当してみて改めてDebianの良さが分かった。
インストール画面やデスクトップ画面は時代遅れで愛想がない
Debianの愛好者は少なくないが,Linux入門者には敬遠されがちである。なぜなら,Debianの“第一印象”が良くないからだ。
入門者がLinuxディストリビューションに最初に接するのは,インストール時であることが多い。DebianのインストーラはGUIを備えておらず,どうにも古くさい印象を受ける。Fedora CoreやSUSE Linuxのインストーラはグラフィカルな画面を備えており,その指示に従ってクリックしていくだけで簡単にインストールできる。これに比べると,Debianのインストーラは明らかに時代遅れだ。
また,Debianでは,インストール直後に端末(ターミナル)で日本語が表示できない(写真1)。まるでWindowsのようなデスクトップ画面が起動するFedora CoreやSUSE Linuxと比べると,Debianの画面は妙にあっさりしており,特にLinux入門者にとってはなじみにくいだろう。
柔軟性が高く,メジャー・バージョンアップも簡単
第一印象では,どうしても悪口が先行してしまうDebianだが,実際に使ってみると,その印象は大きく変わる。
例えば,Webサーバーを作る際に余分なアプリケーションは一切入れたくないとしよう。当然ながら,これはシステムのセキュリティを高めるための基本対策だ。Fedora Coreであればサーバー用の最小インストール構成を選んだ場合でも,何かしら余分なアプリケーションがインストールされてしまう。
Debianの場合は,インストール時に個々の必要なアプリケーションを指定しなければならないため手間はかかるが,必要最小限のシステム構成にできる。面倒な分,アプリケーション構成を柔軟に設定できるわけだ。手間がかかるといっても,相互依存性のあるアプリケーションは自動的にインストールされるので,過度に恐れる必要はない。例えば,Webブラウザの「Firefox」をインストールするときに,ライブラリを一つひとつ指定する必要はない。Firefoxを指定すれば,必要なプログラムはすべてインストールされる。
また,メジャー・バージョンアップが簡単なのもDebianの大きな特徴である。多くのLinuxディストリビューションでは,システムのメジャー・バージョンアップ作業は難しい。更新するには,改めて最新バージョンをインストールし直す必要がある。Debianなら,簡単なコマンドを実行するだけで,最新バージョンにシステムを更新できる。
1CD Linuxの「KNOPPIX」で手軽に試せる
Debianにはこうした利点があるものの,とりあえずLinuxに触れてみたいという人には,インストールの面倒さやユーザー・インタフェースのそっけなさから,やはり敷居は高いだろう。そのようなユーザーには「KNOPPIX」を試してみることを勧める。
KNOPPIXはCD-ROM(あるいはDVD-ROM)から起動して手軽に使える,DebianベースのLinuxディストリビューションだ。起動直後から主要なアプリケーションが多数含まれるため,Fedora Coreしか使ったことがないLinuxユーザーやWindowsユーザーであってもたやすく利用できる(写真2)。
CD-ROMだから使えるアプリケーションが固定化されているかというと,そうでもない。Debianのパッケージ管理コマンドを使って,未収録のアプリケーションをCD-ROMにインストールできる(実際には,CD-ROMにインストールしたように見せかけて,ハード・ディスクにインストールする)。
KNOPPIXでは,Windowsと同じようにGUIを用いて使うことも可能だが,シェルからコマンドを打ち込むことにより,徐々にDebianの世界に入っていける。システム管理などで多用するコマンド類はDebianとほとんど同じであるため,KNOPPIXでコマンドの使い方を覚えていけば,知らず知らずのうちにDebianを使いこなす準備にもなる。
繰り返しになるが,IT業界での「Linux」は,各種サポートが充実するにつれて有償化し,Windowsや商用UNIXなどの他のOSと変わらなくなりつつある。こうした中で,「フリー」で「ベンダー非依存」を維持し続けるDebian GNU/Linuxの存在感は,今後ますます大きくなるのではないだろうか。