半年ほど前のことである。筆者はプライベートで,ある友人と会話をしていた。

 「えー,どうしてそんなところ行ったの?」。都内の某コンサル会社に勤務する彼は,半分不思議そうで,半分心配そうな顔をしていた。彼は続ける。「もう終わってるじゃん。大変そうだね。大丈夫なの?」。

 実は筆者は,この日の少し前に,現在所属する日経Linux編集部に異動したばかりだった。上の発言は,新しい職場を伝えたときの彼の最初の反応である。説明するまでもないと思うが,「終わっている」というのは,筆者自身のキャリアのことではなく,Linuxのことである。

 彼の専門はITだが,アプリケーションやネット・ビジネスにかなり近く,OSやサーバーなどインフラに近い領域の動向にはあまり詳しくない。それでも,彼の頭の中には,「Linuxはピークを過ぎて,これからどんどん廃れていくもの」というイメージができ上がっているというわけだ。

 正直,これがLinuxに対するごく一般的な認識ではないだろうか,と感じた。実際,彼だけではなく,数人の知人が同じような反応をした。無理もない。1999年ころに巻き起こったLinuxブームが大きすぎた。当時,Windowsに対抗するベンダー独立のOSとしてLinuxが脚光を浴び,ITとはほど遠い一般誌などでも大々的に取り上げられるほどであった。

 日経Linuxが創刊されたのもそのころである。当時,無償で手に入った「Red Hat Linux」をパソコンにインストールして,いろいろと試した人も多いのではないだろうか。筆者もその一人だった。このブームのおかげでLinuxの名前は広く知られることになった。だが,注目のピークが過ぎているために,ブーム時のLinuxだけしか知らない人たちから,「もう終わった」と思われているわけだ。

 しかし,6年前のブームは単なる“バブル”だっただけである。ここ1~2年になってようやく,本来の姿を見せ始めた。今,急速にLinuxの市場が拡大しているからだ。Linuxが本当に普及するのは,これからである。

サーバー分野ではWindowsからの乗り換えも

 成長が特に顕著なのは,もともとLinuxが得意だったサーバー分野においてである。
従来のように,インターネットで公開するWebサーバーやメール・サーバーなどのフロント系システムだけでなく,企業の基幹業務向けのサーバーOSとしても使われ始めている。SolarisをはじめとするUNIX系OSからの移行だけでなく,Windowsサーバーから移行する例も急増している。具体的にどのような状況にあるかは,関連記事「2005年度は28%増で9万台超へ 大規模システムでWindows押さえ本命に--Linuxサーバー」などをご覧いただきたい。

 実際,機器ベンダーだけではなく,Linuxディストリビュータの収支状況も良い。最大手の米Red Hat社の2005年会計年度のサブスクリプション収益は,前年同期比で120%増。ミラクル・リナックスも2005年10月4日に2005年度(2004年6月~2005年5月)の決算を発表したが,経常利益は前年度比59%増で,このような増収増益は,同社の創立以来だという。両社ともサーバー分野におけるLinuxの浸透が好結果をもたらしている。

 サーバー用途に比べて,まだぱっとしないのがデスクトップでの利用である。筆者もデスクトップ用に,4種類のLinux(Fedora Core,SUSE LINUX Professional,Asianux,LFS)と,Windows XPを使っているが,やはり,起動時間やアプリケーションの動作速度,安定度などの点で,Windowsから離れられない。

 とはいえ,デスクトップLinuxも,一昔前とは状況が大きく変わってきている。これまで個人でLinuxを使うユーザーは,どちらかといえば,自宅でサーバーを立ち上げる「ちょっとマニアな人」だったのではないだろうか。しかしながら今は,Windowsと共用して使う,あるいはWindowsの代わりに使う個人ユーザーが増えている。その証拠に,日経Linuxの読者層には「Linux入門者」がここ半年の間に大幅に増えている。

OpenOffice.orgやSambaなどでWindowsとの互換性が向上

 Linux入門者が増えているのは,以前に比べてLinuxのデスクトップ環境である「KDE」や「GNOME」が使いやすくなったことに加えて,WindowsユーザーがLinuxを始めやすい環境が整ってきたことが大きな理由だろう。Windows上でLinuxアプリケーションを走らせるためのエミュレータや,同一パソコン上にWindowsとLinuxを同時稼働させるエミュレータの新バージョンも続々と登場している。

 この10月には,ターボリナックスが,Microsoft Officeを稼働可能なLinuxディストリビューション「Turbolinux FUJI」(Microsoft Officeはバンドルしていない)を発表した。オープンソースのWindowsエミュレータWineをベースにした「David」というソフトを使うことで,Microsoft Officeの稼働を実現している。

 追加モジュールを別途導入すれば,Adobe Photoshop,Lotus Notes,iTunesなども動作するようになる。「フォントや各種名称なども,Linux特有のものからよりWindowsに近付けた」(ターボリナックス技術本部プロダクト・マーケティングマネジャの久保 和広氏)ほどのこだわりぶりである。

 Linuxで稼働する,Microsoft製品互換の無償ソフトもこの数カ月でWindowsとの距離が近くなった。例えば,オフィス・ソフト「OpenOffice.org」はバージョン2.0が登場し,Microsoft Officeとの互換性が従来以上に高まった。

 Windowsのファイル・サーバーやプリント・サーバーの機能をLinux上で実現するための「Samba」というサーバー・ソフトもこの8月にバージョン3.0.20が公開され,Windowsの「アクセス許可」とLinux側の「ACL(アクセス制御リスト)」の設定をより厳密に合わせられるようになった(詳細は,11月8日発売の日経Linux12月号に掲載)。

 Sambaは,Linux上でもっとも広く使われているオープンソース・ソフトの一つである。Linux上のファイルをWindowsに移したり,またその逆を行ったりできるので,Windowsを使ってきて,これからLinuxを始めようとするユーザーには欠かせない。そのような入門者や,企業でWindowsネットワーク環境にLinuxを導入しようと考えているユーザーのために,このほどムック「セキュアなSambaサーバーの作り方」を発売した。この1冊でSambaの基本から応用までをマスターできるようになっているので,ぜひ読んでいただきたい。

 こうして見てくると,Linuxブーム,言い換えればLinuxが過度に注目を浴びる時期は「終わっている」が,オープンソース・ソフトのプラットフォームとして本格的に使われるのはこれからだと言える。Linuxの時代はまだ幕を開けたばかりなのである。

米田 正明=日経Linux