自動車技術の粋をアピールする東京モーターショーが始まっている(11月6日まで)。各社とも性能の高さをアピールするとともに,環境への配慮も怠りなく進んでいることを懸命に訴えかけているのが今年の特徴だ。さらに,車社会をより安全にするためのさまざまな試みも着々と進んでいることが分かって興味深い。

1万5000台で壮大な地域実験も始まる

 各社とも,車にセンサーを積むなどして衝突を未然に防ぐといった試みを紹介している。なかでも,2006年から1万5000台の車に実装し,地域ぐるみで実証実験を始めようとしている日産自動車の「SKY Project」が現実味を帯びていて面白い。

 SKY ProjectとはStart ITS from Kanagawa, Yokohamaの語呂合わせ。横浜を中心とした街路に車の流れを検出するセンサーを大量に設置,「赤信号の交差点に異常なスピードで侵入してくる車」などを認識,近隣車に知らせる,といった仕組み。「人」「道路」「車」を一体のシステムとして構築するいわゆるITS(高度道路交通システム:Intelligent Transport Systems)の取り組みの一つだ。プロジェクトにはNTTドコモ,松下電器産業,ザナヴィ・インフォマティックスが参加,それぞれのノウハウを持ち寄って計画が進む。

 こうした実験システムは日本全国でさまざまなものが動いているが,多くは数100,数1000台といった実験車が参加して実証実験が行われる。数的に見て実験の領域を出ないのが,正直なところだ。しかし,今回のSKY Projectは2006年9月ごろから「周囲の状況を感知できる」車載システムを実際に配布開始し,2007年には1万5000台規模に拡大,実際の効果のほどを確かめる。これほど大規模な取り組みはかつてない。これまでITSについてはさまざまな夢が語られて来た感があるが,いよいよ現実の生活レベルに下りてきたことを実感する。

 周囲の状況を感知する仕組みはカー・ナビゲーション・システムに付随する「VICSビーコン」の仕組みを使う。全く新しい仕組みを使うとその普及に時間がかかるため,既存のビーコン・システムを拡張して周囲の交通状況を把握できるようにする。

 問題はカーナビを取り付けた車でも,ビーコン・システムは通常は別売りとなっており,装着率が低いことだ。ただでさえ値の張るカーナビをさらに高いものにしてしまうため,ユーザーはどうしても敬遠しがちだからだ。日産は要となるこの仕組みを多くの車に導入してもらうため,神奈川一帯で販売する車の純正カーナビにビーコンを優待販売するなどの工夫を凝らす。

 2006年9月ごろから日産が発売する車には,この新しい仕組みに対応するカーナビを用意,さらに既存のユーザーにはファームウエアのアップデートなども実施し,実験に参加できる車を1万5000台規模に押し上げる。

 車の流量や人の横断状況を把握して信号機の動作パターンも動的に変化させる。一般道の信号機との連携を図るため,神奈川県警察本部の協力の下,新交通システム協会(UTMS協会)とも協調してことを進めるという。

一般利用者からのフィードバックが不可欠

 なぜ,横浜? と思われる方も多かろう。神奈川県はこうした交通システムに理解が深いこと,日産自動車が2010年までに世界本社及び日本事業関連の主要機能を,横浜市の「みなとみらい21地区」に移転することを決めたことなど,日産が取組むならこのあたり,との思いがあった。また,厚木市には日産アドバンスド・テクノロジー・センターの開設と日産テクニカル・センターの増強を既に決定していることなど,神奈川県との因縁は深い。

 実験がスタートすれば,出合い頭の事故低減情報提供,スクール・ゾーンなどでの速度抑制アラーム,渋滞緩和につなげるための最速ルート案内などが実際に動き始める。

 実際に実験が始まるのは2006年9月ごろだが,ごく一般のユーザーがこの種の大規模な地域システムの実験に参加できるようになったことの意義は大きい。実際の効果はどれほどなのか,運転者にとってそれはストレスにはならないのか,他に本当に知りたい情報は何なのかといった,生活者に根ざした要望が集まる可能性が開けた。こうした情報はより便利で有益なシステム開発には不可欠のものだ。

 最近の車は気密性が高くなるとともに,オーディオ設備などが高性能化している。そのため,緊急車両などの接近に気が付かないといった危険も増している。こうしたさまざまな状況にもSKY Projectがうまく機能するためには利用者からのフィードバックが欠かせない。机上で議論するだけでは基本的要件としてあるべきものが抜け落ちてしまうことが多々あるからだ。

 モーターショー見学の折には8000万円の夢の車にため息をつくばかりではなく,IT技術を高みに押し上げることで,どんな夢が描けるか考察してみるのも一興ではないだろうか?

(林 伸夫=編集委員室 編集委員)