NHKが縮小均衡の道をたどろうとしている。このほど発表した経営改革計画「新生プラン」のなかには,受信料体系の見直しなどと並び,組織と業務のスリム化の推進が盛り込まれた。徹底的な業務改革による経費削減や,全職員の10%に当たる1200人の削減などである。それは「NHK始まって以来の大規模な削減」(橋本元一会長)になる。

 これまでNHKは拡大に次ぐ拡大を続けてきた。拡大を支えたのは言うまでもなく視聴者から徴収する受信料である。高度成長期におけるテレビ受像機の普及,白黒テレビよりも受信料が割高な「カラー契約」の新設,そして最近ではBS放送の受信世帯を対象に導入した「衛星契約」が成長の原動力となった。だが一連の不祥事をきっかけに,受信料の不払いが増加。拡大路線は一転し,縮小を余儀なくされることになった。

 NHKの拡大路線は近年,民放各局からの批判にさらされていた。巨額の受信料収入を背景にNHKがインターネット関連事業に進出したり,ニュース専門チャンネルを立ち上げたりすることを民放各社は「NHKの肥大化」と称し,阻止しようと躍起になってきた。

 しかし肥大化を批判してきたはずの民放業界であるが,それはNHKの弱体化を望んでいるということではなさそうである。

民放は二つの立場を行ったり来たり

 日本民間放送連盟の日枝久会長(フジテレビジョン会長)は7月に開いた会見で,「NHKが受信料について国民の理解を得て,受信料で経営できるようにしていくことを望みたい」とし,NHKに屋台骨が揺らぐことのないようクギを刺した。「民放とNHKが共存共栄し,世界に誇れるバランスの取れた放送制度を維持する」(日枝会長)ためである。いわゆる公共放送と民間放送の「二元体制」の堅持だ。

 その後も民放業界からは「二元体制を維持していくことが望ましい。視聴者の信頼確保のために努力していただきたい」(TBSの井上弘社長)といったNHKへのエールが相次いだ。

 二元体制から民放事業者が得ているメリットは大きい。例えば地上デジタル放送では,NHKに公共放送事業者としてハイビジョン放送やデータ放送に多額の制作費をつぎ込んでもらい,初期の普及をけん引してもらっている側面があるなど,事例を挙げればいくらでもある。

 時に「肥大化」と批判することでNHKの勢力が拡大するのを阻止する一方,「二元体制の維持」を主張することで公共放送の担い手としてのNHKの役割に大きく頼る。今回の一件で,状況に応じて大胆に立場を入れ替える民放の姿が改めて鮮明になった。

 ただ今回の場合,民放業界がいくら二元体制の維持を主張しても,受信料の不払い件数は増え続けている。いずれ,これまでのようにはNHKに頼れなくなるかもしれない。NHKがデジタル放送の番組制作費を抑制することも視野に入れておいた方がよさそうだ。民放各社がNHKと共同で取得しているサッカーのワールドカップや五輪の放映権でも,NHKの負担割合が減るなど,広範囲に影響が出ることが予想される。

 今,NHKに求められているのは縮小路線からの早期脱却であり,民放事業者に求められているのはNHK依存体質からの早期の脱却だ。

(吉野 次郎=日経ニューメディア