「プロジェクトに一度も失敗したことがない」と語るプロジェクトマネジャを何人か存じ上げている。こう書くと何か不遜な人,「俺が,俺が」という人であるとの印象を与えかねないが,全員が全員,穏やかな方々ばかりである。そもそも本人が「失敗したことがない」と公言しているわけではない。「プロジェクトマネジメント(PM)で失敗したことがありますか」という筆者の愚問に対し,「ありません」と回答した人々がおられるということだ。

 筆者は質問をするのが商売なので,「失敗したことがない」と答えた方には必ず,「失敗しないコツは何ですか」と聞くようにしている。これまた芸がない質問だが,プロジェクトマネジャの方々は皆,話が上手で丁寧に説明してくれる。ここでも断っておくが,どのマネジャも立て板に水という感じでは話さない。淡々と語っているのだが,実に分かりやすく,かつ納得させられる。そういう話し方である。

 失敗しないプロジェクトマネジャの中でもっとも印象的であったのは,「プロジェクトを実際に始める前の1カ月間で大体の仕事を終える」と語った人である。彼のことは過去に何度か書いたことがあるが,あえてまたご紹介したい。

 プロジェクトを始める前,彼はひたすら考える。プロジェクトを進めていったときに,何が起きるかを想像する。「ここで顧客の経営者がこう言ったらどうなるか」「協力ソフト会社の1社が納期遅れをしたら」など,一つひとつ思い浮かべる。もちろん,その場でどのような手を打つか,その手を打ったことでプロジェクトはどう進展していくか,といったことまで,いちいち考えていく。

 このプロジェクトマネジャは大規模プロジェクトを主に手がけてきたが,開発に3年ほどかかるプロジェクトで,おそらく起きると思われる事柄を想像し終えるのに大体1カ月を要するという。ほぼすべてのことを想像し終えてから,彼はようやくプロジェクトマネジャとして現場に立つ。プロジェクトの開始時期は通常決まっているから,その時までに何が何でも「想像する仕事」を終えないといけない。つまり,彼にとっては,「プロジェクト開始日が締切日」なのである。

 プロジェクトマネジャとして精神的に一番辛い時期が,この「想像する仕事」という。自分で納得するところまで読みきらないと責任を持ってプロジェクトマネジャを務められない。したがって期日までに,必要なら徹夜仕事をしてまで,考えに考える。

 ただし,この一カ月でほとんどのことを見切ってしまうので,その後のプロジェクトで何が起きても,まず驚くことはない。プロジェクトが進む中でトラブルが発生し,その処理に忙殺され徹夜仕事になったとしても,「つらいのは肉体だけ。想像した通りになってしまったなあ,と思うだけなので,精神的には楽」だそうだ。

プロジェクトをデザインする

 先週,別のプロジェクトマネジャに会って話し込んだ。彼もまた失敗しない人である。初めて会ったのは7年くらい前,たまたま同年齢であったことから,時々会っては酒を飲み,世間話をしていた。ただし,ここ数年,筆者がIT関連の取材から離れたこと,さらに思うところあって禁酒してしまったため,彼とはすっかりご無沙汰していた。

 彼は現在手がけているプロジェクトについて説明してくれた。彼の言っている通りであるとすると,開発手法にしても,開発期間の短さにしても,出来上がりつつあるシステムの特徴にしても,IT業界では相当に珍しい成功例である。ここで「彼が言っている通り」と書かざるを得ないのは悲しいが,長年記者をしていると人の話を鵜呑みにできなくなってしまうのである。

 説明を聞いた後,「このまま成功裏にプロジェクトを終えると何連勝ですか」と聞いた。昔,彼と連勝記録について話したことを思い出したからだ。彼の答えは「まだ気を緩めるわけには行きませんが,お蔭様で10連勝かな」であった。

 厳密にいうと,しばらく会わないうちに,彼はそれなりに出世してしまったらしく,正式には統括プロジェクトマネジャのような職位にあり,実際のプロジェクトマネジャは別な人が担当している。ただし,プロジェクト全体の絵は彼が描いた。この点に関して,冒頭で紹介したマネジャと同じような話をしていたので,ご紹介する。