携帯電話事業者を変更しても元の電話番号を変えずに済む制度「番号ポータビリティ」の実施時期が,いよいよ1年後に迫ってきた。今のところ,携帯電話事業者が2006年10月から一斉に導入する見通しだ。

 各社とも表向きは目立った動きを見せていないが,実は今からやきもきしている様子。先日もある事業者がコンサルティング会社を通じて,「番号ポータビリティ導入後の携帯電話市場について意見を聞かせてほしい」と持ちかけてきたほどである。

 だが一方で,ユーザーにとって悩ましい問題がどうも置き去りにされている気がする。それが,端末に保存した画像や音楽データ,ゲームなどコンテンツのポータビリティ問題である。

 来年始まる番号ポータビリティ制度は,あくまで電話番号を引き継げるというだけ。NTTドコモの「iモード」などブラウザフォン・サービスは対象外だ。だからと言って,せっかく手に入れたコンテンツが,契約先の電話会社が変わっただけで使えなくなるのは大変忍びない。いったんコンテンツ利用料やパケット通信料を支払っているのだから,あとは個人で自由に楽しみたいと思うユーザーは少なくないだろう。

「コンテンツの移行は保証外」と携帯各社

 そこで筆者は,携帯電話事業者各社と有力コンテンツ・プロバイダを中心に,このコンテンツ・ポータビリティ問題の対応方針について取材した。その詳細は,日経コミュニケーション10月1日号の第2特集「番号ポータビリティで狭まるドコモ包囲網」として取り上げている。

 さて結論から言うと,携帯電話事業者はコンテンツのポータビリティに関して,とても消極的だった。NTTドコモ,KDDI,ボーダフォンの3社とも「携帯電話事業者はあくまでコンテンツの配信プラットフォームを運営しているだけ。ポータビリティを実現するかどうかは,著作権を持つコンテンツ・プロバイダ次第だ」という意見で一致していた。また「事業者ごとに端末仕様が異なるし,メーカーによっても微妙な違いがある。だからコンテンツのポータビリティを保証できない」というコメントもあった。

 これらの言い分は一見筋が通っているが,実態はちょっと違う。パソコンと違って携帯電話の世界では,事業者が端末開発からネットワーク,そしてコンテンツ配信の窓口となるポータル・サイト(いわゆる“公式メニュー”)まで一手に握っている。各事業者はユーザーの囲い込みを図るため,音楽やゲームなどの多くについて別々のファイル形式を採用している。したがって,コンテンツ・プロバイダが携帯電話事業者の違いを超えてユーザーへのコンテンツ配布をコントロールできるわけではない。

 ここまで読んで,読者の中には「事業者間の競争上,コンテンツの形式が違うのは当たり前」,「事業者が端末とサービスの仕様を握っていたからこそ,iモードのようなサービスがここまで普及したのだ」という意見もあるだろう。

 それはもっともだと思う。だが,番号ポータビリティが始まれば話は別だ。番号は変えずに済むがコンテンツを引き継げないという事実を,どのユーザーもすんなり納得するとは思えない。しかもコンテンツ・プロバイダにとっては登録ユーザー数の増減に直結するため,より深刻な問題となる。ユーザーが事業者を乗り換えた場合,新しい事業者の端末から自社のサイトを再登録してくれる保証はないからだ。

ヤフーがコンテンツ・ポータビリティに本腰

 コンテンツのポータビリティ問題を解消することで,携帯電話事業者の公式メニューに対抗しようというポータル事業者も登場している。

 例えばヤフーは,ユーザーがどの携帯電話事業者と契約しているかにかかわらず,同じコンテンツを利用できる独自のポータル・サイト「Yahoo!モバイル」を提供中。それに加えて,携帯電話事業者と同様の課金回収代行サービスも近く開始する。ヤフーにクレジットカード情報を登録しているユーザーを対象にしたサービスで,登録者数はすでに約1000万に達している。つまり,ドコモのiモード(約4500万),KDDIのEZweb(1900万加入),ボーダフォンのボーダフォンライブ!(約1300万加入)に次ぐコンテンツ配信サイトが登場するわけだ。

 しかもヤフーの親会社は,2007年以降に携帯電話事業への参入を画策しているソフトバンク。この事業を成功させるために,ヤフーが持つ集客力の高いポータルや豊富なコンテンツを,先手を打って携帯電話ユーザーにアピールしようとの思惑が見え隠れする。

 もちろんヤフーのような積極策にはリスクもある。固定のインターネット接続事業大手に取材したところ「今さら独自のポータル・サイトを提供しても,携帯電話事業者にはかなわない」という意見が大半を占めた。それだけ,公式メニューや課金代行など携帯電話事業者が作り上げてきたコンテンツ配信のビジネス・モデルが強力ということだろう。

 だが番号ポータビリティの導入で,コンテンツのポータビリティ問題のような“ほころび”が多少なりとも生じる可能性は高い。1年後に照準を合わせて,既存の携帯電話事業者と新規参入企業のサービス競争が早くも始まろうとしている。