『ブルー・オーシャン戦略』(ランダムハウス講談社)という経営書が静かなブームになっている。米国でベストセラーになり,各国語に翻訳され,世界100カ国以上で刊行されているという。

 この本では,競合他社と価格や機能で血みどろの戦いを繰り広げなければならない既存市場を「レッド・オーシャン(赤い海)」,競争自体がない未開拓の市場を「ブルー・オーシャン(青い海)」と呼んでいる。「コスト削減」や「差異化」などを勧めるこれまでの経営書は,どれもレッド・オーシャンで勝つための方法を説いているとし,それとは違うブルー・オーシャンを創造することを提唱。そのための具体的な方法を解説している。

「QBハウス」の市場開拓をまねるツール示す

 例えば,日本・アジアの理容市場でブルー・オーシャンを創造した事例として,10分間で終わる散髪サービスを1000円で提供する「QBハウス」(社名はキュービーネット=東京・中央=)が出てくる。QBハウスは顧客の視点からサービス内容を見直し,洗髪や肩もみなどのサービスをやめる一方で,予約の手間を省いたり,通常1時間程度かかる散髪の所要時間を10分間に短縮するといった形で,新たな価値を提供した。

 ここまでなら,「人とは違うことを最初にした」というだけで,現実のビジネスで役に立つものではない。この本の特徴は,こうしたブルー・オーシャンの創造をまねするための具体的な分析ツールを提示していることだ。

 例えば,QBハウスのビジネス・モデルは「戦略キャンバス」と呼ぶツールで分析している。これは,顧客の視点からの商品・サービスの価値を「価格」「肩もみなどのサービス」「ヘアカット時間の短縮」などいくつかの項目を立てて,曲線で描く分析手法。既存サービスと比較して,何を省いて何を加えるのかが明確になる。既存サービスと異なる曲線が描ければ,競争がないブルー・オーシャンを創造できるというわけだ。

 筆者は『日経情報ストラテジー』というIT経営誌を担当している仕事柄,経営書はよく読むが,小難しい理論をそれらしく書いてある本が多く,まゆにつばを付けながら読むことが多い。この本も,決して読みやすいわけではないが,主張が単純かつ明快なのと,すぐに使えそうな分析ツールを提供している点が類書とは大きく違っていた。

既存事業との食い合いを過度に恐れるな

 この本の著者は,フランスの経営大学院INSEADの教授である,W・チャン・キム氏とレネ・モボルニュ氏。両氏に東京都内でインタビューする機会があった。両氏は「多くの企業はコスト削減ばかりが必要になるレッド・オーシャンにいることを自分で認識しながら,既存事業との食い合いを過度に恐れて,既存事業以上に利益を生むはずのブルー・オーシャンに踏み出せないままあえいでいる」と話していた。出版社が,将来性あるインターネット媒体に力を入れにくいのもこの類の話かもしれない。

 両氏は,「SWOT分析」などレッド・オーシャン用の分析ツールがよく知られ,そして実際に広く使われていることも,レッド・オーシャンに固執することになる一因だと話す。既存の経営書を読んで一生懸命勉強すればするほどレッド・オーシャンにはまってしまうというのだから恐ろしい。

 ところでこの本には,ブルー・オーシャン創造の例としてコンピュータ産業の事例が出てくる。90年代前半に米コンパック(現ヒューレット・パッカード)が小規模事業所でファイルやプリンタを共有したいというニーズをとらえて,機能は限られるが低価格のPCサーバー市場を創出した例も出てくる。当初はブルー・オーシャンだったこの市場も,最近は価格競争が行き着くところまで行ったように思われる。

 ソフトウエアの分野も含め,コンピュータ産業の各社は次々と新しいキーワードを持ち出して市場創出に努めてもいるが,この産業にこそブルー・オーシャン戦略の考え方が必要なのかもしれない。

追伸:
 日経情報ストラテジーでは近々,ブルー・オーシャン戦略に関連した特集記事の掲載を予定しています。「こんなユニークなサービスを提供する企業を見つけた」「うちの会社が今度始める新事業こそブルー・オーシャンを創造するものに違いない」といった情報があれば,筆者のメールアドレス(nkiyoshi@nikkeibp.co.jp)か,IT Proのコメント欄までご一報ください。

(清嶋 直樹=日経情報ストラテジー