ではユーザーの意見を聞けば問題は解決するかと言えば,そう簡単でもない。業務アプリケーションの場合,ユーザーとエンドユーザーが異なることが多い。ソフトウェアの発注元であるシステム部門の担当者が,そのソフトウェアが使われる現場の業務を知っているとは限らない。

 さらに,エンドユーザーがユーザビリティの悪さに気づきにくいことが問題の解決を遅らせる。ユーザビリティの悪さは,優れたものと比べてみないと分からない。コンシューマ向けの機器なら,店頭や他人の家で別のメーカーの製品に触れてみるなど比較のしようがある。だが業務アプリケーションは,与えられたものをひたすら使い続けるしかない。だからエンドユーザーは,うまくシステムが使えなくてもシステムが悪いとは考えない。使えない自分が悪いと思ってしまう。これでは改善要望も上がりにくく,ユーザビリティは良くならない。

新たな進化の軸となる

 とはいえ現状では「ユーザビリティなどに構っていられない」というのが,ソフトウェア開発者の本音でもあるだろう。ともかく動くアプリケーションを,納期に間に合うように作り上げるだけで精一杯の現場も少なくないはずだ。

 しかし,いずれ業務アプリケーションでも,ユーザビリティを重視せざるを得なくなるのではないか。ユーザビリティに対するデジタル機器メーカーの危機意識を目の当たりにするにつけ,そんな問題意識を持つようになった。また先日,あるセミナーで業務系ソフトウェア開発の未来を憂える声を聞き,この思いをさらに強くした。「開発効率や品質の問題を改善するため,ツールは充実してきたし,フレームワークも普及した。半面で明らかな技術の空洞化が起こっており,他との差異化が図りにくい。その結果,価格面で優位なオフショア開発に勝てなくなっている」。

 そんな状況の中で,ユーザビリティは一つの武器になるのではないだろうか。ユーザビリティ確保の上での大原則は,エンドユーザーを理解すること。「例えば病院のシステムを開発するなら,本来はその病院にしばらく泊まり込んで医師や看護師の業務を観察する必要がある」(ヒューマン・エラーの専門家)といった意見があるほどだ。さらに,エンドユーザーから常にフィードバックを受けることも重要である。エンドユーザーに近い場所にいて,エンドユーザーと同じ文化や言語を持つことは,大きなアドバンテージになるはずだ。

 最後に,あるソフトウェア技術者から聞いた印象的な言葉を紹介したい。彼は研究開発部門に所属しているのだが,ここしばらく,ある種の閉塞感の中にいたという。技術が一定の成熟を見せ,大きな革新が望めないからだ。そんな中で「ユーザビリティは我々にとって希望の光だ。ソフトウェアの,新たな進化の軸を見出せた」。

 ユーザビリティを考えることは,人間を知ることでもある。だからこそ奥が深く,果てはない。ソフトウェアは,この方向で今後いくらでも発展を遂げる余地がありそうだ。業務アプリケーションの使いにくさに嘆息することも少なくないユーザーの一人として,これからの進化を期待しながら見ていきたいと思う。

 なおここでは触れなかったが,今後の技術革新が楽しみな「優しいインタフェース」はもう一つある。センサーなどを使って機器や周囲の環境が人間を見守り,手助けするというアプローチだ。自動車を始め,オフィスや家庭などを対象にした研究開発が進みつつある。ここで大きなカギを握るのがセンサー・ネットワーク技術である。小誌では「ZigBeeが拓くユビキタスセンサーネットワーク社会」と題したセミナーを今月末に開催する予定だ。センサー・ネットワークの中核技術として期待されるZigBeeの標準化団体の代表や,センサー・ネットワークの国内の第一人者などが登壇する貴重な機会である。参加をご検討いただければ幸いである。