過去に取材したテーマをしばらく経ってから再度取材して,状況の変化に驚くことがある。日経バイト9月号特集「人間と機械をつなぐ優しいインタフェース」で,これを実感した。テーマはユーザビリティである。昨年の春の取材時には「ユーザビリティに対する企業の意識が変わり始めている」との印象だったが,1年半後の今回は明らかにフェーズが変わっていた。本腰を入れて,具体的な取り組みを始めた企業にいくつも出会うことができた。

 ユーザビリティは「使いやすく,ユーザーの目的にかなっている製品かどうか」(ユーザビリティの第一人者である,メディア教育開発センター研究開発部の黒須正明教授)を表す言葉だ。これまでメーカーは,多機能,高性能,小型軽量,見栄えの良さなど,宣伝しやすく分かりやすいメリットを追求して製品開発を続けてきた。しかしその結果できあがったものが,ユーザーの目的に合っているとは限らなかった。例えば,買ってはみたものの機能が多すぎて何をしたらよいのか分からない,などという事態を招いていた。

 特に最近になって,こうした状況が多発しているという。サポート・センターには問い合わせが殺到し,対応のコストは無視できなくなっている。さらにひどい事態に陥ることもある。使いにくさが原因で,返品の山になったDVDレコーダが実際にあるらしい。

 メーカーは強い危機感を抱き,メーカー主導のこれまでの製品開発を見直し始めた。ユーザーを知り,ユーザーの視点に立ったもの作りを始めている。例えば,このところユーザビリティ専門の部署を立ち上げる企業が相次いでいる。ユーザビリティを確保するための開発プロセスであるUCD(User Centered Design)を適用して作られる製品も増えてきた。

 さらに印象的だったのが,各企業の専門家や担当者が「今後の製品の差異化のポイントは,間違いなくユーザビリティへと移る」と口を揃えていたことだ。機能や性能での競争は,もはや限界を迎えつつある。これからは海外メーカーとの価格競争だと言われることも多いが,勝負のしどころは他にもある。ユーザビリティにいち早く取り組んだ企業こそが,今後優位に立てるというわけだ。

 実際に,ユーザビリティは製品の売り上げを左右し始めているという。ユーザビリティはこれまで,製品の売り上げに直接影響する要素とはあまり考えられてこなかった。ユーザビリティの良しあしは,購入して使ってみなければ分からないものだったからだ。それが今はインターネットのおかげで,目当ての製品の情報が購入前に豊富に手に入る。既に購入した人のクレームをWebの掲示板で目にしたら,これから買おうとする人の購入意欲は間違いなくそがれる。「どの企業も表立っては公開しないが,ユーザビリティに優れる製品がよく売れるという結果が出ている。ユーザビリティに熱心な企業はたいてい,こうしたデータを持っている」(ユーザビリティの専門家)。

 デジタル機器を中心に見られるこのような動きについては,小誌で詳細に述べたのでそちらをご覧頂ければ幸いである。ここでは,その特集に盛り込めなかった話題について考えてみたい。あちこちで耳にした「ユーザビリティが最も遅れているのは,業務アプリケーションだ」という話である。

業務アプリには使いにくいものが多い

 業務アプリケーションにとっても,ユーザビリティが重要なのは言うまでもない。システムが使いやすくユーザーの目的にかなっているかどうかで,業務の生産性や効率は大きく左右される。また使いにくいシステムでは,ミスを犯してしまう危険性も高まる。人間はそもそも間違える動物だが,使いにくいシステムはそれに拍車をかける。逆に,どんな人がどんな状況で使うかをよく理解して作られたシステムなら,間違いを減らせる可能性がある。

 しかし現状は「業務アプリケーションには,使いにくいものが非常に多い」(ヒューマン・エラーの専門家)。これには,いくつもの原因が考えられる。その一つが,ユーザーの特性や使用状況は,開発者が頭で考えても分からないこと。業務アプリケーションは,現場の担当者が限られた状況で使う際に便利なものを作らなければならない。だが開発者は対象の業務に詳しくないので「ワープロや表計算ソフトのように,汎用的なソフトウェアを作ろうとしてしまう。しかし特定の業務では,汎用的なものが使いやすいとは限らない」(前出の専門家)。