2003年12月に突如現れたSoftEther。ダウンロードして無料で使えるということもあって,多くのユーザーに支持されている。このSoftEtherを皮切りに,同様の技術を使ったソフト,それを実装したハードウエア,さらにはそれらを使ったサービスが続々と登場している。

 例えば,TinyVPNというソフトがそうだ。実はこのソフト,SoftEtherが公開されるよりも少し前の2003年11月に公開されている。2004年に入ると,事業者がSoftEtherに似た技術を採用したサービスを始めた。グローバルメディアオンラインの「GMOどこでもLAN」と,NTTPCコミュニケーションズの「ブロードバンド・イーサ」だ。Emotion Linkというソフトを使った個人向けサービス「U+link」も今年7月に登場した。

MACフレームをTCP/IPが運ぶ

 SoftEtherには,それまでの常識を覆す技術的な特徴が二つある。その一つは,LANカードとLANスイッチという本来はハードウエアで提供されていたものをソフトウエアで実現したこと。そしてもう一つが,LANでやりとりするMACフレームをTCP/IPのパケットに入れてしまう点だ。

 特に後者の特徴は,先のソフトウエア,ハードウエア,あるいはサービスのすべてに共通する。ここでは,この技術のことを「イーサ over TCP/IP」と呼ぶことにして話を進めよう。

 イーサ over TCP/IP技術によって,遠く離れたコンピュータ同士であってもインターネットを介せばMACフレームを直接やりとりできるようになる。それはすなわち,LAN内のやりとりと同じことがインターネット・ワイドに展開できることを意味する。

VPN構築ソフトという面が強いが…

 少し前置きが長くなりすぎた。本題に入ろう。こうしたイーサ over TCP/IP技術を何に使うかという話だ。

 普通に考えれば,リモート・アクセスやLAN間接続のためのVPN技術の一つととらえるだろう。たしかに,SoftEtherは個人や企業がVPNを手軽に構築するために使われている。「GMOどこでもLAN」や「ブロードバンド・イーサ」もVPNサービスの一種だ。

 ところが,イーサ over TCP/IPを別の特徴でとらえると,違った用途が見えてくる。その特徴とは,ブロードバンド・ルーターやファイアウオールが途中にあっても簡単に接続できることと,LANとして遠隔地の機器同士を相互に接続できることだ。

 これにより,さまざまな用途に合わせて,自分たちだけの独自の仮想LAN環境をインターネット上に作ることができる。

 例えば,HDDレコーダのようなAV家電専用の仮想LANをイーサ over TCP/IP技術を使って構築するなんていう方法がある。ソニーや松下電器産業のようなメーカーが自社製品専用ネットを構築し,自社製品にSoftEtherのようなソフトを組み込んでおく。こうすれば,ユーザーは機器を買ってきてブロードバンド・ルーターにつなぐだけで専用ネットに参加できる。HDDレコーダが待ち受けているポートにインターネットからのパケットを転送するようにルーターを設定したりする必要がないので,誰でもネット経由で録画予約とかができる。メーカーが機器のファームウエアをアップデートするのも,一発のブロードキャスト・パケットを送るのをトリガーにしたりできる。映像や音楽をプッシュ型で配信するのも簡単になる。

 しかも,この仮想ネットはインターネット上に構築されるものの,暗号や認証の技術を適切に使って構築すれば,ユーザーはクラッカなどからの不正アクセスを気にしないで使える。仮想ネットに接続できるのは,仮想HUBによって認証された機器だけに限定できるからだ。

 かなり壮大なビジョンともいえるが,組み込み向けのLinuxで稼働するクライアント・ソフトはSoftEther,Emotion Linkなどがすでに完成させている。8月4日に発表された遠隔監視用のネットワーク・カメラなんかは,その一環ととらえることができる(参考記事)。フリービットがオムロンと共同開発したもので,フリービットのEmotionLinkというSoftEtherに似たソフトを使って遠隔監視専用ネットにネットワーク・カメラをつないで使う。

 こうした用途はある種のVPNと言えなくもないが,さまざまなベンダーがいろいろな仮想ネットをインターネット上に作り,ユーザーはそこに参加するためにイーサ over TCP/IP技術を利用するのである。そのときには,ユーザーはVPNを使っているなんて意識はないはずだ。