価格比較サイト「価格.com」や匿名掲示板「2ちゃんねる」といったインターネット上のコミュニティでは,様々な消費者の意見が飛び交う。商品企画やマーケティングの担当者はヒットの種を探ろうと,ネット上の書き込みに目を光らせるようになった。

 ブロードバンドが一般家庭に普及し利用者が急拡大したこともあって,ネットで広がる口コミが商品の売り上げや企業イメージを大きく左右するほどの影響力を持つようになったからである。そればかりか,ネット・コミュニティは今,個人情報保護の観点からも注目を浴びつつある。

 日経情報ストラテジー2005年10月号の特集では,個人情報保護法の全面施行で岐路に立たされているCRM(カスタマー・リレーションシップ・マネジメント)の現状を追った。顧客情報を収集・分析して優良顧客の育成・拡大に役立てようというのがCRMの基本的な考え方だが,不用意に個人情報を集めればリスクになる。各社は個人情報をできるだけ集めずに優良顧客を拡大する策を模索し始めた。そんななか,ネット・コミュニティに活路を見いだそうとする企業が少なくないのだ。

個人情報の管理を外部企業が肩代わり

 ロート製薬のケースを紹介しよう。同社のスキンケア化粧品「Obagi(オバジ)」は1ブランドで年間30億円を売り上げるヒット商品である。昨年,化粧品の口コミ・サイト「@cosme(アットコスメ)」と共同で販促イベントを実施し,ブランド・ロイヤルティ(忠誠度)の向上に結び付けた。

 @cosmeは57万人の会員から寄せられた280万件の口コミを掲載する。会員はすべて匿名だが,年齢や肌質といった属性,メール・アドレスを登録してある。運営会社であるアイスタイル(東京・港)は,化粧品メーカー向けに口コミの分析や会員への個別販促といったマーケティング支援も手がける。つまり,化粧品メーカーは属性を基にターゲットを絞り込んで口コミを分析したり,個別に商品情報を提供したりできるのである。

 会員の多くは化粧品に高い関心を持つ「コスメフリーク」だ。多くの化粧品メーカー同様にロート製薬にとっても,そうした絞り込まれた顧客層との接点は魅力的だった。しかも,個人情報を自社で管理することなくターゲットに接触できる。すべてアイスタイルが肩代わりしてくれるからだ。ロート製薬はその点に目をつけた。

 ロート製薬は従来も雑誌社と共同で商品の特徴を学びながら試用してもらうイベントを開催し,ブランド・ロイヤルティの向上を図ってきた。しかし,その後のフォローが難しく,イベントを開催したきりになりがちだった。参加者一人ひとりとコミュニケーションを取り続けるには,個人情報を管理する手間やコストがかかるためである。

 そこで昨年4月,アイスタイルの協力を得て,オバジの商品群「オバジスキンサイクラー」の良さを体感してもらうイベントを開催した。@cosme会員のなかからモニターを募集。7人のモニター会員を選出して,商品を試用してもらった。2カ月に1回,モニター会員を呼び集めて,ロート製薬の製品情報担当者が参加者の肌を診断しながら助言する講習会を開いた。

 講習会の様子は,写真やモニター会員の生の声を載せながら@cosmeで報告。主催者側からの報告だけでなく,イベントに参加したモニター会員は自らも口コミを積極的に投稿した。こうしてオバジの評判はさらに広まっていったのである。イベント開始時から,オバジの口コミ件数は急増し,商品に対する顧客の満足度を表す「おすすめ度」の平均値にも上昇傾向が見られた。

 ロート製薬マーケティング本部マーケティング&コミュニケーション部メディア・プロモーショングループの石川華恵氏は,「ロイヤルティー向上に結び付いた」とイベントの成果を評価する。何より,個人情報を管理するリスクを一切負わずにターゲット顧客にアプローチできた点が大きい。同グループリーダーの笹野正広氏は,「間に立ってくれる社外の企業と一緒に取り組むケースがこれからも増えるだろう」と話す。

 アイスタイルの菅原敬取締役は,「個人情報を持ちたくないという化粧品メーカーには我々をお使いいただいて,メーカー自身はマーケティングプランの立案に特化してもらうというように住み分けていく」と個人情報保護時代にビジネス・チャンスを見いだす。

消費者の情報発信意欲を刺激

 ネット・コミュニティを活用すれば,企業は個人情報を持たずに新規顧客を開拓することが可能だ。うまく口コミを誘発できれば見込み客はさらに拡大する。懸賞キャンペーンやパンフレット送付といった個人情報の取得を前提としていた従来のアプローチに比べて大幅にリスクを軽減できる。

 最近,ビジネスでの活用が始まっているブログも口コミ効果を狙ったネット・コミュニティの1つである。日産自動車をはじめとして,カタログでは表現しきれない商品の魅力を開発担当者らの声を通して伝えようとする企業が増えてきた。外部のブログと相互にリンクを張り合う機能を利用すれば,企業は自社で顧客情報を管理しなくて済む。

 たくさんのブログからリンクを張ってもらうには,消費者が書き込みをしたくなるような工夫が必要だ。マーケティング・コンサルティングを手がける市場通信(東京・品川)の波多野精紀社長は「最新の商品情報をオープンにしてどんどん書いてもらうべき」と話す。思わずだれかに伝えたいという情報発信意欲をかき立てられるかどうか,企業の情報提供力がカギを握る。

 個人情報保護時代に入り,むやみに個人情報を所有するのはリスクが大きい。新規開拓やブランド・ロイヤルティ向上を実現する販促ツールとしてネット・コミュニティの存在が大きくなりそうだ。