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ITエンジニア必須のうつ病予防と治療の知識

日経SYSTEMS

第1回 うつ病の増加は,IT業界から始まった

2005/10/17
島 悟・甲賀 伸一
監修 島 悟(日本EAP協会会長・神田東クリニック院長)
取材・文 甲賀 伸一(医学ライター)

 日本で毎年,何人の方が自殺で亡くなっているかご存じでしょうか──。昨年,国内の自殺者は3万2325人に上りました。これは,交通事故による死亡者の約4倍に相当します。

 遺書の調査から自殺の主な原因は,健康への不安やお金の問題,仕事上のトラブルなど。ただしそれ以上に見過ごせないのは,自殺した人の大多数が何らかの精神疾患にかかっていたことです。そして,その精神疾患の代表と言えるのが,うつ病なのです。

ITエンジニアはうつ病になりやすい

 うつ病は,ゆううつな気分や無気力な状態が長期間続き,日常生活に支障をきたす病気です。厚生労働省の研究によれば,日本人の15人に1人は一生に一度はかかる可能性があるとされています。

 うつ病の増加は「IT業界から始まった」とも言われているのをご存じでしょうか。実はITエンジニアは,他の職種以上にうつ病になりやすい要因を数多く抱えています。次の条件のなかに,あなたの職場やあなた自身が該当するものはありませんか。

1.慢性的な人員不足,膨大なメールのやり取りなどで,長期間にわたって昼夜を問わず激務を強いられる
2.プロジェクトごと/開発フェーズごとのメンバー入れ替えや客先常駐などによって周囲とのコミュニケーションが希薄になりがちで,気軽に相談できる相手がいない
3.技術革新が激しく,将来に関して漠然とした不安を覚える

 どれも一般的なIT企業やITエンジニアによく見受けられることばかりですが,これらは慢性的に強いストレスを生み出し,うつ病のリスクを高める要因になります。IT業界で働く限り,うつ病は決して他人事ではないのです。

 では,どうしたらよいのでしょうか。うつ病は今では有効な治療法が確立しており,きちんとした治療を受ければ,治る病気です。自分だけでなく周囲の大切な人たちのかけがえのない命を落とさないために,うつ病について正しい知識をもつことが大切です。うつ病を知ることは,うつ病を治す力になるのです。

 そこで今回から全6回の予定で,うつ病に対する正しい知識,治療法,予防法などについて解説していきます。第1回の今回は,うつ病が深刻化する前に適切に対処できるよう,早期発見のポイントについて紹介します。

うつ病の初期症状はごくありふれた体の不調から

 うつ病は心の病気だから,精神的な症状ばかりがでると思われるかもしれませんが,自覚症状として最初に気づくのは体の不調です。「睡眠障害」「疲労・倦怠感」「食欲不振」「頭痛・頭重感」「めまい」「性欲減退」「便秘・下痢」「体重減少」「肩こり」「背部痛」など,ハードな仕事をこなしている人なら,ごく日常的に感じるものばかりですが,これらの症状はうつ病患者の8〜9割にみられます(図1)。このようにうつ病の患者は憂うつな気分や不安など精神的な症状に気づかず,頭痛,肩こりなど体の不調を訴えがちです。

図1 うつ病にみられる症状
患者さんは,自らの症状をうまく伝えられません。

睡眠障害は,うつ病にかかるリスクを3倍に高める

 特に,なかなか寝付けない,熟睡できない,朝早く目覚めてしまうなどの「睡眠障害」は,ほとんどのうつ病患者が経験する症状といっていいでしょう。不眠に悩む人が1年先にうつ病にかかるリスクは,そうでない人と比べて3倍も高いというデータもあります。

 激務で会社に泊り込んだり,終電まで残業を続けたり,帰宅後も家で徹夜をするような生活を送る人が多いITエンジニアは,睡眠のリズムが狂いやすく,睡眠障害から二次的にうつ病へと進行していく危険性が高いのです。

こんな精神症状に思い当たることはありませんか?

 一方,精神症状の例としては,「意欲や興味がわかなくなった」「仕事に集中できない」「考えがまとまらず,判断力や決断力が鈍った」「仕事の能力が低下してきた」「憂鬱な気分が続いている」「不安や焦る気持ちが強い」などが挙げられます。しかし,これらの状態は自分ではわからず,精神科や心療内科の医師から「こんなことはありませんか」とたずねられて初めて,「そういえば…」と自覚することが多いのです。

早めに専門医の受診を!

 うつ病の初期症状は身体的症状を自覚することが多く,最初から精神科や心療内科を受診する人はあまり多くはありません。例えば目の疲れがひどい場合には眼科,胃腸の調子が悪ければ内科といった感じで,それぞれの症状に応じて対症療法を受けてしまうのが実態です。

 かかりつけの医師がうつ病を疑って,専門医を紹介してくれる場合はよいのですが,うつに気づかず,身体不定愁訴に対して間違った治療を続けてしまうと,うつ病が治らないばかりか,悪化してしまう恐れもあります。

 うつ病の自覚症状は,うつ病特有のものではなく,程度の違いこそあれ,現代社会に生きる人であれば,誰もが体感するようなものであるといっていいでしょう。でも,上記に挙げたような症状が2週間以上続いたら,うつ病の可能性を疑って,早めに専門医を受診することが大切です。

 次回は,うつ病の症状と症状があらわれたときの周囲の対策について解説します。

 島 悟(しま さとる)

慶應義塾大学医学部卒業後,北里大学医学部内科学教室,慶應義塾大学医学部精神神経科学教室,日本鋼管病院神経科医長・精神衛生室長などを経て,1997年東京経済大学経営学部助教授,2002年教授に就任。著書に,「職場のメンタルヘルス実践教室 」(星和書店)など多数。医学博士。慶應義塾大学医学部精神神経科教室非常勤講師,杏林大学医学部衛生学教室非常勤講師,京都文教大学非常勤講師

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