写真●金沢大学附属病院の長瀬啓介 副病院長/経営企画部教授(撮影:細谷陽二郎)
写真●金沢大学附属病院の長瀬啓介 副病院長/経営企画部教授(撮影:細谷陽二郎)
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 「SDN(Software Defined Networking)は魔法ではない。何でもできるわけではない。しかし、何をしたいのかを明確にすれば役立つ」。金沢大学附属病院の長瀬啓介 副病院長/経営企画部教授は2013年10月10日、東京ビッグサイトで開催中の「ITpro EXPO 2013」で「企業内LANとしてのSDN運用経験---1年6か月の経験から得られた今後の展望」と題した講演に登壇した。

 金沢大学附属病院は2012年4月、病院内の新棟建設に合わせてSDNを導入した(事例データベース:金沢大学附属病院)。ベンダーは、NECを採用した。狙いは、複雑になってしまったネットワークを統合して、シンプルにすること。「電子カルテや心電図、超音波診断装置など病院内の様々な機器がネットワーク化されている。安定して動かないと困るので、医療機器ごとにネットワークがクローズになりがちで非常に多くのケーブルが院内をはい回っていた」(長瀬教授、以下発言はすべて同氏)。

 その結果、運用管理が困難なネットワークになってしまった。「大学病院は医療が専門でITが専門ではない。限られた人数、限られた能力で管理するのに苦労していた。今だから言えるが、私が金沢大に来た5年前は機器の誤接続やスイッチの不適切な設定など問題のオンパレードだった」。安定性を確保するためにネットワークが複雑化し、複雑化したネットワークが運用の安定性を低下させる状況だったのだ。

 ここで長瀬教授が目を付けたのがOpenFlow技術を使ったSDN。「一つの物理ネットワークで統合するのは問題解決方法として本質的でシンプルだった」。ここで考えなければならなかったのがリスク。「大学病院は重症患者が多く、診療を止めるわけにはいかない。例えば電子カルテは患者さんに関する唯一の情報で、これが見られなくなると非常に困る」。高リスクなネットワークは受け入れられない。「問題解決には必要十分な機能だけを使った。それ以上は複雑化させない。我々は命を預かっているのでリスクを呼び込みたくない」。

 製品の品質については「SDNはソフトとハードを分けて品質を考えた。ソフトは使い方や『揉まれ方』で変わる。イレギュラーな使い方が多いとバグが表面化しやすいが、我々のLANでは複雑な使い方はしない。NECのOpenFlow製品は日本通運の利用実績(事例データベース:日本通運)で揉まれている。NECなのでハード面の実績は十分にあるだろうと思った」と判断した。

 運用開始から1年半、現在では金沢大学附属病院のネットワークは安定動作している。今後はOpenFlowネットワークを拡大していく方針だ。「当初はどれくらい使えるのか分からなかったので、コアに入れるのはためらっていた。しかし最近は逆にコアとディストリビューションにOpenFlowを入れようと思っている」としている。

初期コストは同等、運用コストは大幅減

 コスト面については「OpenFlowスイッチはやや高い。しかしそこだけを見てしまっていいのか。目に見えないコストへの影響が大きい」という。見えないコストとは主にはネットワークに関わる人件費。金沢大学附属病院はネットワーク導入時、従来型のLANスイッチによる見積もりも取り寄せた。構築にかかる総額はOpenFlowネットワークと同等だった。異なるのは機器代金、SE人件費、ケーブル費の比率。全体を100とした場合、OpenFlowは60(機器代金):16(SE人件費):24(ケーブル費)だった。従来型のLANスイッチは54:38:8だった。

 OpenFlowネットワークのケーブル費が高額なのは、フルメッシュ構成で配線したから。「当時、OpenFlowはデータセンター以外の実績がほとんどなかったので、データセンターで動いていたフルメッシュ構成を採用した。今だったら必要ないと判断したと思うので、ケーブル費は安くなるはずだ」。

 そして、大きく変わるのは設定変更コスト。OpenFlowネットワークでは設定変更をアウトソースしている。検討時に運用後のアウトソース料金の見積もりを取った。その結果、「設定工数の試算は、OpenFlowは従来型の22.2%になる」。また、OpenFlowではネットワークを論理的に追加・変更できる。物理的なケーブル工事の必要がないため、ネットワーク変更・追加時の配線費用がゼロに近くなった。運用コスト全体で大幅なコスト削減になった。

 今後はOpenFlowスイッチの低価格化を期待しているという。「OpenFlowはネットワークをユーザーの手に取り戻す。これまではベンダーのお仕着せの仕様に囲い込まれていた。例えばコンフィグはメーカーが異なると勉強し直しになる。ユーザーがOpenFlowのメリットを引き出して使うとオープンな競争が激化する。NECには申し訳ないが、彼らが泣きたくなるほど安くなると我々としてはハッピーだ」。

 低価格化でポイントとなるがの相互運用性だ。現在のOpenFlowは異なるベンダーの機器を混在させて動かすのが難しい。長瀬教授が期待するのが相互接続の適合性試験だ。「7月13日に第三者機関での適合性試験がスタートした。NECはこれに適合し、今日の夕方に認証式があると聞いた。ITpro EXPOに出展している(OpenFlow製品を開発している)NTTデータのブースで聞いたところ、自社で他社製品との接続をテストしているという。こうした適合性試験やベンダー自身の相互接続試験が広がっていくと、ユーザーの製品選択の幅が広がる」。