写真1●総合研究開発機構(NIRA)理事長・東京大学大学院教授の伊藤元重氏(撮影:後藤究)
写真1●総合研究開発機構(NIRA)理事長・東京大学大学院教授の伊藤元重氏(撮影:後藤究)
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写真2●伊藤氏による基調講演の様子。多くの聴講者が伊藤氏の訴えに耳を傾けた(撮影:後藤究)
写真2●伊藤氏による基調講演の様子。多くの聴講者が伊藤氏の訴えに耳を傾けた(撮影:後藤究)
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 「企業は今こそデフレマインドを捨て、前に進むべき」。総合研究開発機構(NIRA)理事長で東京大学大学院教授の伊藤元重氏はこう語る(写真1)。

 伊藤氏は2013年10月9日から東京ビッグサイトで開催中のICT総合展示会「ITpro EXPO 2013」の基調講演に登壇(写真2)。「成長戦略のカギ握る国内産業のイノベーション」と題して、経済学者の立場から見た日本経済の概観と、企業に向けたヒント、ICTの役割と重要性を示した。

 一番力を込めて語ったのは、企業がデフレマインドから脱却することの必要性と重要性である。伊藤氏は個人の金融資産が増大していること、金融機関の預金が増えていること、企業がコスト削減を実施し内部留保を増やしてきたことなど、これまでの日本経済の状況を総括。次いで「いわゆる『失われた20年』において唯一ともいえる良かった点は、借金を返済しバランスシートを改善した企業が増えたこと」と指摘する。

 伊藤氏は「むしろお金の持ちすぎで、成長のために人材、設備、研究開発に投資していない企業が目立つ。Ready to Goとも言える状況なのに前に進んでいない」とも述べ、「将来に投資するから企業、産業、国は発展する。このまま将来への投資をしない状況が続けば、日本は滅びる」と課題を提示した。

 一方で伊藤氏は「アベノミクス」に明るい材料を見いだす。国内では2013年に入ってから安倍晋三内閣によるデフレ脱却に向けた積極的な金融緩和などで景況感が好転している。「漠然とした不安感に覆われていた日本経済が変わろうとしている。企業はこの機を見過ごすわけにはいかない」(伊藤氏)。

 政策分野で特に企業に深く関わるのは、アベノミクスにおける「第3の矢」と言われる成長戦略だ。これまで日本政府は過去数年間、毎年、成長戦略を立案し発表してきた。伊藤氏は「安倍政権が打ち出した成長戦略ではその柱の一つとして、民間投資を喚起することを打ち立てている。要するに民間企業に積極投資してほしいというもので、これに沿って政策が動き始めている」と語る。

 こうした環境下で生きる企業に必要なのは「『男子』としての気概だ」と言う。男子という表現は、ソフトバンクグループの孫正義社長が米スプリント・ネクステル買収案を発表したときの発言から借りたもの。「リスクを引き受け将来に向けて投資しようという企業が少ない。女性がいることも考慮すれば『肉食系』という言い方がいいだろうか。少しでも多くの企業が草食系を脱して肉食系になり、次世代を切り拓くイノベーションに取り組んでほしい」と訴える。

 イノベーションに関して、伊藤氏が特に期待するのがICTの役割である。経済学の観点では、イノベーションを起こす際にはシナジー効果(相乗効果)を狙うことが重要なポイントになるという。「ICTには、それまで関連性のなかった領域を相互に結びつけ、大きな価値を生み出す力がある。今の企業のイノベーションには不可欠ともいえる要素だ」とICTの重要性を指摘する。

 特に日本は高齢化をはじめとした、世界でも前例のない課題に直面しつつある。伊藤氏は「高齢化によりビジネスの前提条件が変わる可能性がある」とし、その一例として高齢化により予測される小売業の変化を挙げる。「人口の高齢化が進めば、歩いて買い物に出ることに抵抗を感じる顧客がいっそう増える。小売業は商品のデリバリーの仕組みを転換する必要が出てくる。ICTの力を生かすことで、企業はこうした将来の変化に柔軟に対応できるようになるはずだ」と伊藤氏は力説した。