写真●産業技術総合研究所で講演するブランク氏
写真●産業技術総合研究所で講演するブランク氏
[画像のクリックで拡大表示]

 「起業家教育の第一人者」として注目を集めているスティーブ・ブランク氏は2013年3月19日、茨城県つくば市にある産業技術総合研究所(産総研)で、同研究所に所属する研究者を前に講演を行った(写真)。同氏は前日にもセミナーを開催していたが(関連記事:「大企業はなぜ愚かになるのか」、起業家教育のブランク氏が初来日で熱弁アジャイルで不確かなニーズに対応、ソニーがタブレット端末開発を語る)、企業内起業家を対象としたもの。19日の産総研での講演会では研究者向けの内容にアレンジし、事業化のポイントや米国での事例を紹介した。

 ブランク氏の起業家教育は、もともと起業を目指す大学生を対象としていたが、その活動に注目した政府機関の全米科学財団(NSF)が同氏のアプローチを全米の大学における科学研究に導入、科学研究の事業成功率の向上を目指している。この取り組みは、「イノベーション部隊」(I-Corps)と呼ばれている。この取り組みは2011年に21チームを対象に始まり、2012年には200チーム、2013年には300チームへと支援対象が広がっている(関連記事:米政府がインキューベーターを開始――全米科学財団のイノベーション部隊)。その取り組みへの予算規模は、年間2000万ドルに上る。

 NSFが同氏の取り組みに注目したのは、「大学による事業化の成功率の低さが課題となっていたから」とブランク氏は振り返る。大学からスピンアウトするなどして事業を始めるケースは少なくないが、事業を始めたところで「死の淵」に直面する。ブランク氏が大学などで教授する「リーン・ローンチパッド」手法は、この淵に陥ることなく、次のステップに進むための指針となる。

 この日のブランク氏の講演は、「スタートアップとは、ビジネスモデルを探索する組織であり、ビジネスプランを遂行する組織である大企業とは異なる」「顧客へのインタビューを重ねることで、ビジネスモデルを見出す」「顧客への最初のコンタクト後に生き残るビジネスプランは存在しない」といった、同氏の起業家教育の基本的な考えの紹介に加え、NSFのI-Corpsクラスの卒業生による起業例が紹介された。新しいCVD(化学気相成長法)プロセスによるグラフェンシート(炭素原子層)の大量生産を可能にする技術を有するGraphene Frontiersで、ビジネスモデルの変遷を紹介しながら、クラスで何を得て事業化につなげたのかを解説した。産総研がカバーする領域の研究テーマであるだけに、身近な成功例として受け取られたようだ。

 産総研がブランク氏を招いた理由は、米国におけるNSFの取り組みを参考にしたいからである。今回の講演会を企画した産総研イノベーション推進本部の三宅正人氏は「米国においても、科学研究の成果活用が十分ではないという意識があることは驚き。産総研も、ブランク氏の取り組みを参考にして、成果活用の強化につなげたい」とした。講演後の質疑応答でも、起業資金の集め方に関するものをはじめ研究者からの質問が相次ぎ、同氏のアプローチに対する関心の高さがうかがえた。