綿密な計画策定とPDCA(計画・実行・検証・見直し)サイクル中心のマネジメントを否定し、経験学習を重視したマネジメント論を提唱していることで知られるカナダのマギル大の経営学者、ヘンリー・ミンツバーグ氏が来日、2013年2月19日に都内で講演を行った(写真1)。複数のIT企業関係者を含むおよそ100人のマネジャーが同教授の言葉に真剣に耳を傾けた。

写真1●都内で講演を行ったヘンリー・ミンツバーグ教授
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 ミンツバーグ教授は『マネジャーの実像 「管理職」はなぜ仕事に追われているのか』(日経BP社)や、『H. ミンツバーグ経営論』(ダイヤモンド社)などの著作を持つ。今回のイベントは、かねてから同教授と交流のあった人事専門家などが所属する人材育成支援サービス会社、ジェイフィールが主催したもの。参加者は同教授の講演を聞いた後に、自らの経験を振り返って語り合い共有する内省と相互コーチングのセッションを、6~7人ずつに分かれた各々のテーブルでを体験。その後、同教授と質疑応答を行った。同教授の講演の要旨は次の通り。

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■米国流マネジメントの危険性

 日本企業は有名米国企業のマメジメントスタイルを取り入れた結果、「マネジメントの危機」にさらされている。大手米国企業は、短期利益を重視して利益が目標を下回ると簡単に従業員を解雇してしまう。また、米国企業はトップダウンの戦略や計画を非常に重視し、CEO(最高経営責任者)が従業員の500倍の報酬を得ている。そして経験がせいぜい2~3年の若手ビジネスパーソンでも、MBA(経営学修士)を取得しただけでマネジメントができるようになったと勘違いしてしまう。

 しかしこうしたマネジメントだけでは、短期的な利益には成果を生んだとしても、長期的には失敗する。トップダウンの戦略は間違っていることが多く、本当に有効な戦略は、現場近くにいながらビジネス全体を見る目も持った優秀なミドルマネジャーが、試行錯誤などを経て見つけ出すことが多いからだ。

■日本企業がもともと持っていた強み

 トップダウンの戦略よりも、ミドルマネジャーの働きや知恵が重要であることを示す格好の例が、およそ50年前のホンダだ。米国に進出し、二輪車を売り出したときのエピソードである。ホンダの成功について分析した1970年代当時のボストン・コンサルティング・グループは「最初からホンダが中流層にターゲットを絞り小型車を売ったことで成功した」と分析した。しかし実際はそうではなく、ホンダは当初、大型車を中心に売り込んだところ、故障の多さに悩むこととなった。困り果てて小型車を売り始めたところ、それが成功のきっかけとなった。

 本来、日本企業はこのように試行錯誤を重ねながら成功をつかむのに向いた文化を持っていた。従業員と会社のエンゲージメントが強く、いちいちミッションを会社から示されなくても、会社のためになることを大きな視点で考える忠誠心をミドルマネジャーは持っていた。また、MBAコースのような机上の学習によってでなく、経験から学ぶことでマネジャーは成長するものだ、という考えが根付いていた。トップは忠誠心のある組織を作ることを重視し、人材を単なる「リソース」として扱うことがなかった。米国企業のように決断は早くないが、いったん決めると実行が速い組織だということでも定評があった。

 しかし今や日本企業は米国流のマネジメントに傾き、良さを失っている。組織の40%を契約社員など非正規社員で構成し、利益が思うように出ないと、簡単に正社員を減らそうとする。普段の役割を越えて会社のためになることを考えようという従業員の忠誠心も失われつつある。

■「コミュニティー」を再構築するべき

 企業変革はトップダウンでなく、ミドルマネジャーが起点となる「ミドルアウト」の方がうまくいく。私は野中郁次郎氏の提唱する「ミドル・アップダウン」という言葉も好きだ。長期的に成功し続けるために企業が重視するべきなのは「戦略的計画」ではなく「戦略的学習」であり、現場近くで経験に学びながら経営的な視点でも考えることができる優秀なミドルマネジャーである。

 2006年に日本企業の人たちと「失われた10年」の悩みについて話し合ったとき、「コミュニティー」を再構築することで会社を復活させるべきだ、という結論に至った。再構築するためには、ミドルマネジャーが業務で直面したハプニングについて率直に悩みを語り合い、内省や相互コーチングで前向きな知識に変えていく場が必要である。

 当初私はそうしたプログラムを大学でIMPM(国際マネジメント実務修士課程)として提供していた。しかしこのやり方では1年間に30~40人しか人を育てられなかった。

 その後、教材で参加者に刺激を与えながら、同僚がコンサルタントのようになって助言し合う「コーチング・アワセルブズ」(日本ではジェイフィールが「リフレクション・ラウンドテーブル」という名称で提供)というやり方に発展した。ミドルが積極的に悩みや経験を振り返って共有し、助言し合うことを通じて、思いを持ったコミュニティーを作っていく。そしてトップに戦略を提言するようになれば、ミドルアウトのマネジメントへと変えていくことができる。

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