ソフトバンクが2012年10月15日に発表した、米携帯電話3位のスプリント・ネクステル買収(関連記事)に対し、株式市場では高評価が多い。ソフトバンク株価は買収報道後に急落したが、会見翌日に急反発し、現状は安定的に推移している。通信業界だけでなく、IT/ネット/ゲーム業界に幅広い見識を持つBNPパリバ証券の山科拓シニア・アナリストに改めて評価を聞いた。

(聞き手は榊原 康=日経コミュニケーション編集


今回の買収について、改めて評価を聞きたい。

 ターンアラウンド(企業再生)が主眼であればキャピタルゲインを目的とした「投資」と割り切った見方もできる。一方、事業のシナジーを考えると、インフラや端末の調達力強化(スケールメリット)や2.5GHz帯TD-LTEの推進(次期iPhoneにおける2.5GHz帯TD-LTE対応への期待を含む)などが挙げられる。ただ、今のネットの世界に目を向けると、ハイテク企業各社でOTT(Over The Topサービス)+クラウド+ハードウエアという取り組みが進んでいる。これに即した戦略を持たなければ、スケールメリットを効果的に享受できないだろうと考えている。

 ここでいう「OTT」とは、デバイスやサービスプロバイダに依存しないサービス配信を指す。OTTをきっかけにハードウエアへアプローチする例としては、(1)フェイスブックケータイ(あくまで噂。当事者は否定している)、(2)米グーグルによる米モトローラ・モビリティの買収、(3)米アマゾン・ドット・コムによるタブレット端末「Kindle」の開発(最近は米テキサス・インスツルメンツの買収観測も)などが挙げられる。米マイクロソフトもハードウエアに注力することを発表済みだ。

 かたやゲーム機では、ソニーや任天堂がスリースクリーン(テレビ/パソコン・タブレット/スマートフォン)を意識したゲームデザインを提案してきている。これはさしづめ「Over The Top Games」とも言えそうだ。ソフトバンクがスプリントはもとより、ヤフーとの連携を深めて新たなネットサービスの開発や投資などでOTTへの展開を強化すれば、ハード面のスケールメリットをより享受できるようになる。ハードを含めたソフトバンクならではのOTTが打ち出されれば、株価の評価はさらに高まるだろう。

米国における通信事業が成功する見通しは。

 スプリントはネクステルのiDEN(第2世代携帯電話)サービスを来年にも休止する予定としており、業績が改善に向かいやすい環境にあることはソフトバンクの説明通り。営業費用の削減をはじめ、LTEやCDMAへの周波数転用、ネットワークの拡充によるローミング手数料のコスト削減などを見込める。スプリント・ネクステルの業績改善には既に一定のメドが立っていると理解している。

 一方、端末販売におけるシナジーには不安が残る。米国における端末販売やスプリント店舗の実態を知る限り、ソフトバンクの日本における販売ノウハウとは大きなギャップがありそうだ。国内の販売チャネルにはヤマダ電機などの家電量販をはじめ、光通信、ベルパークなどがあるが、特にベルパーク店舗で見られるような(研修強化による)販売員の質向上が米国で実現できるかに注目している。同様にコールセンター・サービスの質向上も競争力の面で重要なポイントになるとみている。

ソフトバンクは今後、どこへ向かって行くとみているか。

 孫正義社長は説明会で「男子として生まれたからには、いずれは世界一になるぞという高い志を持っている」と発言している。これは、2010年に発表した「新30年ビジョン」において、30年後に「時価総額200兆円規模」の「世界トップ10」の企業集団に成長するとした目標と整合性があり、新30年ビジョンの一環と理解している。これを踏まえ、今回の買収にとどまらず、OTTを視野に入れて動いているとみている。今回の買収の是非については現状、通信事業だけの視点に基づいた論調が多いように感じているが、将来はその先を含めて評価していくことになるだろう。