写真●ビッグデータビジネス・コンソーシアムの企画委員長を務める国立情報学研究所(NII)の佐藤一郎教授
写真●ビッグデータビジネス・コンソーシアムの企画委員長を務める国立情報学研究所(NII)の佐藤一郎教授
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 ビッグデータ活用による新事業創出について調査研究を行う業界団体、ビッグデータビジネス・コンソーシアムは2012年7月24日、東京都内で設立記念フォーラムを開催した。同コンソーシアムで企画委員長を務める国立情報学研究所(NII)の佐藤一郎教授(写真)は講演で、「精度の低いデータでも、大量に集まれば価値を生み出せる」ことがビッグデータの意義であると語るとともに、「大量データの分析は容易ではなく、組織の現場に裁量権が無ければ分析結果を生かすことはできない」などの課題を指摘した。

 ビッグデータビジネス・コンソーシアムは、データセンター事業者のブロードバンドタワーが事務局となって2012年7月に設立した。同社の藤原洋会長兼社長によれば「ビッグデータを活用することで新しい産業を生み出すためにはどのような取り組みが必要か、それを考えるオープンなシンクタンク」である。7月24日の設立記念フォーラムでは、NIIの佐藤教授などが講演を行った。

価値を生んだ好例は「東日本大震災 『自動車・通行実績情報』」

 佐藤教授はまず、表計算ソフトの「Excel」でも現在、最大171億7986万9184件(104万8576行×1万6384列)のデータが扱えることに触れた。「Excelで扱えるようなデータ量をビッグデータと呼んでいるケースが見受けられる」と、一部の現状に苦言を呈した。そのうえで、ビッグデータのもたらす価値や、ビッグデータの分析と従来のBI(ビジネスインテリジェンス)などとの違い、ビッグデータを活用するうえでの課題などを紹介した。

 「精度の低いデータが大量に集まることで価値を生み出した」例として佐藤教授は、ITS Japanが東日本大震災に際して公開した「東日本大震災 『自動車・通行実績情報』」を挙げた。これは、ホンダ、パイオニア、トヨタ、日産自動車が提供したカーナビゲーションシステムの履歴データを元に、被災地で通行可能な道路がどこかを示したもの。「カーナビのデータは信頼性が低いが、大量に集まれば、信頼性のあるデータが得られることを示した」。

 また、ビッグデータの分析とBIなど従来との違いをこう語った。「従来のデータ分析は、サンプリングによって、観察対象の全体を分析するものだった。それに対してビッグデータ分析では、個々の観察対象を分析する。マーケティングの世界でも、統計的な分析によってマスマーケットの傾向を分析することから、顧客のデータを全部集めて、個々の顧客の行動を分析する手法へ関心が移っている」。

 ただし大量のデータを分析するうえでは、分析する対象のデータを選び、正しく組み合わせることが重要だという。「例えば、家庭にスマートメーターを設置して、消費者の電力使用量の推移を調べても、消費者が何をしているのかは分からない。しかし、家庭の水道使用量とガス使用量が分かれば、消費者が家の中で何をしているのか、かなり予想できてしまう」。

プライバシーや人材、活用推進体制に関する課題も指摘

 もっとも、ビッグデータの分析にはプライバシーの問題もつきまとう。「かつて、行政とガス会社が連携して、家庭の水道使用量とガス使用量を組み合わせて分析するという実証実験を行ったことがあったが、家庭の入浴時間などが簡単に分かってしまったため、プライバシーの問題を危惧して実証実験が中止になってしまった」。続けて、「『顧客の行動を分析することで、顧客に最適の商品やサービスを提供する』と言えば聞こえはいいが、気配りとストーカーは区別ができない」と語り、ビッグデータの問題点にも考慮するよう呼びかけた。

 一般的にビッグデータ活用の課題としては「データサイエンティストの養成」が挙げられることが多いが、佐藤教授は「データサイエンティストは、100人養成して、そのうちの1人に芽が出るというような、極めて養成が難しい存在」と指摘。ビッグデータの分析に使用する“生データ”の組織外持ち出しが困難であることも勘案すると、「ビッグデータの分析を請け負うようなサービスを大規模に展開するのは難しい」との見解を示した。

 さらに佐藤教授は、これまでのBIが経営者に対して情報を提供するものであったのに対して、「ビッグデータ分析で得られる知見は、組織の現場で役立つ情報であることが多い」と指摘。経営者が組織の現場に裁量権を移譲し、現場判断で活動できる体制を整えていかなければ、ビッグデータを分析しても効果は上げづらいと指摘した。

 ビッグデータビジネス・コンソーシアムでは9月にも、ビッグデータビジネスを創出するために、行政などがどのようなデータを開示すべきかという課題を題材としたセミナーを開催する予定だ。