パネルディスカッションの様子。右から、パネリストとして登壇した齋藤氏、林氏、川島氏、藤原氏、コーディネーターを務めた肥田氏
パネルディスカッションの様子。右から、パネリストとして登壇した齋藤氏、林氏、川島氏、藤原氏、コーディネーターを務めた肥田氏
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会場となった衆議院第一議員会館の多目的ホールには、大勢の参加者が詰めかけた
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シンポジウムを共催した、活字文化議員連盟の会長である山岡賢次衆議院議員が冒頭に挨拶。デジタル教科書導入への危機感を訴え、幅広い議論が必要だと話した
シンポジウムを共催した、活字文化議員連盟の会長である山岡賢次衆議院議員が冒頭に挨拶。デジタル教科書導入への危機感を訴え、幅広い議論が必要だと話した
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 文字・活字文化推進機構は2012年7月19日、「文字・活字文化の将来とデジタル教科書を考える」と題したシンポジウムを開催した。パネリストとして、東北大学加齢医学研究所教授の川島隆太氏、明治大学教授の齋藤孝氏、作家の林真理子氏、東京学芸大学客員教授の藤原和博氏の4人が登壇。デジタル教科書の功罪について、熱い議論を交わした。

 文字・活字文化推進機構は、2009年に総務省が発表した「2015年までに小中学校の全生徒にデジタル教科書を配備する」との方針に反対してきた。パネルディスカッションのコーディネーターを務めた同機構理事長の肥田美代子氏は、冒頭で「デジタル教科書の配備は教育の根幹に関わる問題なのに、国会で議論された形跡がない。今日を国民的な議論の皮切りにしたい」と述べ、幅広い議論の必要性を訴えた。

楽で便利、では脳は働かない

 4人のパネリストのうち、川島氏、齋藤氏、林氏は、デジタル教科書に対して慎重な立場を取る。「脳を鍛える大人のDSトレーニング」の監修など脳機能開発で知られる川島氏は、電子媒体と脳の働きの関係について発言した。「紙に印刷された活字と電子書籍の文字を同じ頻度、同じスピードで読むときの脳の働きは変わらないだろう。だが、画像や動画などを入れた途端に、脳は働かなくなる」(川島氏)。文字としての言葉を処理するときは脳の左右の奥の領域を必要とするが、画像や動画といった非言語のコンテンツの場合は脳の働きが限られるという。「非言語のコンテンツは楽で便利。見ているだけで何となく分かった気になる。これが便利の正体であり、それでは脳が働かないというのは厳然たる科学的事実」と指摘した。

 「声に出して読みたい日本語」などのベストセラーを持つ齋藤氏は、“身体化”というキーワードを用いて紙の利点を説明した。言語力を強化するための手近な材料は新聞だが、今の学生は紙の新聞をほとんど読まない。そこで、毎日、新聞記事を切り取ってノートに貼り、横にコメントを書くという訓練をさせたところ、「社会に対する関心が高まる」など学生自身が効果を強く実感したという。「なぜ効果があるかというと、自分で切って貼っているから。紙を切り取るというのは身体的な行為。電子の記事は自分の外側に流れ続けているが、紙を切って貼ることで自分のものになる」(齋藤氏)。重要なのは身体化することであり、だからこそ紙であることが大切なのだ、と話した。

 林氏は「本の売り上げの減少は劇的で、空恐ろしいくらいだ」と、最近の紙媒体の衰退ぶりを嘆く。だがその原因は電子書籍にあるのでなく、タブレットなどで見られるネット上の動画や音楽によるものだとする。自身の収入減以上に気がかりなのが、子どもへの影響。幼い頃から本に囲まれて育った林氏の中学生の娘ですらデジタルコンテンツに熱中しており、“本を読むのは面倒くさい”と言うほどという。言語力を高めるには何より読書が重要と考える林氏は、デジタル教材の広まりにより、子どもたちの読書離れに拍車がかかることを懸念した。

 以上のような慎重派の意見に対して、デジタル教科書の利点を説いたのが藤原氏だ。デジタル教科書の普及を目指すデジタル教科書教材協議会の副会長も務める同氏は、「電子メディアを全否定するのはナンセンス。これまでも、新しいメディアが出てきても古いメディアは消えることなくすみ分けている。それぞれのメディアに得意なものがあり、それらをうまく組み合わせるべきだ」と主張。義務教育初の民間出身校長として赴任した東京都杉並区立和田中学校での経験を基に、電子媒体が有効な分野を複数挙げた。