写真●東京大学 松島克守名誉教授(写真:中根祥文)
写真●東京大学 松島克守名誉教授(写真:中根祥文)
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 イノベーションの本質を理解すること、ネット時代に「同期」すること、パラダイムシフトの先を見据えること、自社の情報システムの革新をはかること。東京大学名誉教授で一般社団法人俯瞰工学研究所代表の松島克守氏(写真)は、「日本の製造業は今こそ新生の時」と熱弁をふるいながら、これら4つの策を提案する。2012年7月5日、日経BP社が東京・品川プリンスホテルで開催中のイベント「IT Japan 2012」にて、松島氏は「甦れ!日本の製造業」と題して講演した。

 松島氏は日本IBMやコンサルティング会社を経て東京大学工学系研究科教授に就任。2009年に退官して現職。製造業の事情に詳しい同氏による4つの提言は、製造業に限らず日本企業一般に有益なものと言える。

 まず松島氏は、ソニー、ホンダ、シャープなどに関する最近の報道内容を挙げつつ、日本の製造業が大きく落ち込んでいる状況を概観。その上で「日本の製造業は総じて原価率が高く、意思決定と行動が遅い。グローバル化と言いつつ国内市場ばかり見ている。工場を海外に移すのはグローバル化ではない。ビジネスそのものを市場が伸びている海外に移さないと意味がない」と指摘する。

 さらには「日本企業は、高機能・高付加価値のモノ作りを目指すと言っているが、顧客にとって製品の魅力は高くない」と続ける。「世界でのブランド力調査を見ると、欧米企業はもちろんサムスン(電子)にも負けている」(松島氏)。

 そうした状況認識の上で、松島氏は日本の製造業が新生するためのアクションを提言した。提言内容は大きく4つ。

 1つ目は、イノベーションの本質を理解すること。「イノベーションはバリューシフトである。顧客価値向上とコモディティ化の両方を実現する方法を考えるべき」と言う。「イノベーションは異なる要素を同時に実現することで起きる。ただ高機能化・高付加価値化するだけでも、安くするだけでもイノベーションにはならない」(松島氏)。

 2つ目は、ネット時代に「同期」すること。「日本でパソコンやモバイル端末を併用しながらネットに接続している人口は約6500万人」という総務省のデータを引きつつ、「これは日本の成人の大半が日常的にネットを使っていることを意味する。となると、今やネットに接続しないビジネスはあり得ない」と述べる。「しかもこのネット人口の利用端末が、今スマートフォンにシフトしつつある。今ならスマートフォンにリンクさせることを考えないとビジネスはもう発展しないだろう」(松島氏)。

 3つ目は、パラダイムシフトの先を見据えること。松島氏は過去10数年間において、パラダイムシフトは2回起きていると言う。1回は、インターネットの商用化と一般への普及、もう1回は、現在のモバイル化である。「この先に何が起きるかは誰も分からない。けれども、この先に起きるパラダイムシフトは何だろうか、パラダイムシフトをどう起こすかと考えることが大切だ」と松島氏は語る。

 4つめは、自社の基幹系情報システムの革新をはかること。以前の情報システムは、自社業務を自動化して生産性を向上させるのが主な目的だった。今のネット時代において情報システムは、顧客のパソコンやスマートフォンとつながり、顧客に利便性を提供することが求められると言う。「情報システムは、顧客価値を創造することで初めて企業に利益をもたらすものになる」(松島氏)。

 そのような姿へと情報システムを移行させるには、クラウドサービスの活用がカギを握るという。「パブリック、プライベートの両方を組み合わせて、とにかく安く早く、顧客の役に立つ情報システムを構築することが重要だ。今の技術ならそれができる」と松島氏は語る。