「戦略の本質は、他社との違いを作って、その違いを意味につなげるストーリー(因果論理)を構築することだ。ただし、これにはセンス(芸術的才能)が必要だ。センスは磨くことはできるが、スキル(担当業務の遂行能力)と違って育成することはできないので、センスの無い人に戦略の構築を任せてはいけない」---。

 著書『ストーリーとしての競争戦略 ―優れた戦略の条件』(東洋経済新報社)で知られる一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授の楠木建氏が、NTTデータが2012年1月27日に開催したITカンファレンス「NTT DATA Innovation Conference 2012」の基調講演に登壇し、企業が競争優位性を構築するために必要な「ストーリー」について解説した。

 冒頭で楠木氏は、企業経営に関する自身の研究が「机上の空論」と言われている状況についての見解として、「そもそも商売は理屈が20%で、残りの80%は、幸運や野生の勘など、理屈では説明がつかないもの」と表現。このうえで、20%を過ぎたらケモノ道なのだから、まずは20%の部分である理屈を押さえておくことが大切と切り出した。

 企業戦略では、まずゴールを想定する。大多数の企業の場合、目指すべきゴールは、結果目標である「長期利益」と、これを実現するための企業目的である「顧客満足」となる。楠木氏は、顧客満足によって長期利益を実現するための戦略の本質を、「違いを作って、つなげる」と表現する。

分かりやすいストーリー(因果論理)を作れ

 「違いを作る」ことは重要だ。他社と同じことをやっていたら、完全競争になってしまうからだ。競争しなくて済めば、それだけ利潤が増える。理想は、「特別で、単一な存在」であることだ。次に、こうして作られた、または見出された差異を「つなげる」ことが重要だ。差異があるだけでは商売に関係しない。差異が商売の前提にならなければならない。

 ところが企業の実際の戦略では、「アクションリストとしての戦略(価格はいくらにする、など)はあっても、ストーリーになっていない例が多い」と楠木氏は指摘する。「個々の要素を静止画として見せられても分からない。静止画がつながって動画になってはじめて全体の意味が分かる」(楠木氏)。ある要素は、別の要素が成立する理由になっていなければならない。

 ストーリー構築の例として楠木氏は、Amazon.comを挙げる。インターネットで本を売ることの意味は、リコメンドの顧客体験などの、購買意思決定インフラを作っているということ。これにより、まず第一に顧客となる人がたくさん集まってくる。「先に買い手が集まっているから、ここに売り手が集まる」というストーリーになっている。

全体では合理的でも、部分では非合理であれば、完全競争を避けられる

 続いて楠木氏は、ストーリー構築のカギとして「ストーリーの構成要素が非合理であること」を挙げた。完全競争を避けるためには、他社と違うことをやらなければならない。他社と違うことをやるためには、世間の常識と照らし合わせて合理的と判断できる考え方だけではいけない、という。

 理想は、ある時期における常識的な判断の下では非合理な考え方を採用しながら商売し、一定の時間が経過した後に振り返って見ると、実に合理的な考え方だったというケース。ただし、これでは単に先見の明(単なるバクチ)ということになってしまう。そこで、過去と未来の比較ではなく、ストーリー全体と部分(構成要素)の関係を見ることを楠木氏は勧める。「ストーリー全体では合理的だが、部分を見ると非合理。これが真の賢者だ」(楠木氏)。

 そもそも、ストーリーの構成要素において合理的な考え方をしていたら、他者と異なるものは作れない。特許などの模倣障壁に頼ることになってしまう。「玄人が作るストーリーには、一見して非合理なものが含まれる。このため、他社との違いが継続する」(楠木氏)。非合理と思われていた考え方が実は計算された合理的な考え方だった例として楠木氏は、先述のAmazon.comを挙げる。

 Amazon.comの例では、「巨大な倉庫をたくさん作って、たくさん在庫を抱える」という、当事のインターネット事業の常識を覆す非合理な考え方によって、特別で唯一の存在であり続けられた。一定の時間が経過してみれば、これは極めて合理的な考え方だったことが分かる。たくさん在庫を抱えることによって、価格や、品物が届く日が分かる。顧客が「本をいつどこで買うか」を意思決定するための情報を提供し、Amazon.comでの届け日を約束するためには、倉庫と在庫が重要だったのだ。

センスのあるリーダーが、自分で面白いと思う商売を

 最後に楠木氏は、経営の問題点の多くはアナリシス(分析)に頼っていることであると指摘。分析とは、物事を細かく分けて考えること。ところが、物事は、分けてしまうと全体が分からなくなる。一方で、ストーリーの真髄はシンセシス(統合)であり、全体が分かるようにする。

 商売を個々の担当に分割した場合、担当者のスキル(業務遂行能力)は、育成できる。この一方で楠木氏は、商売を丸ごと見通して全体の戦略を立てるためにはセンス(芸術的才能)が必要であり、センスは磨くことはできても育成することはできない、と説明する。「センスとスキルを混同してはならない。スキルは数値化できるので、スキルとセンスが戦ったらスキルが勝ってしまい、センスが潰される」(楠木氏)。

 また、リーダーの条件として「話が面白い」ことを挙げた。この条件は「原点にして頂点」であるという。「自分でつまらないと感じている話は、他人にしないほうがいい。自分が面白がっていない商売に他人を巻き込むのは、迷惑極まりない犯罪的行為。働いている人はたまったものではない」(楠木氏)。