2011年12月21日に開催された、文化庁の「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」の最終会合。2012年度はユーザー側などの構成員を加えた上で、改めて検討会議を設置する方針だ
2011年12月21日に開催された、文化庁の「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」の最終会合。2012年度はユーザー側などの構成員を加えた上で、改めて検討会議を設置する方針だ
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 文化庁の「電子書籍の流通と利用の円滑化に関する検討会議」は2011年12月21日、最終回となる第14回の会合を開催し、事務局による報告書案を大筋で了承した。焦点となっていた、電子書籍の出版時に出版社へ著作隣接権を付与するか否かという点について報告書案では、検討会議の規模を拡大した上で継続審議とする方針を示した。報告書案をめぐっては、複数の構成員が出版社への権利付与を積極的に推進していく旨を盛り込むよう要望していたが、報告書案では権利付与の是非を盛り込むのを回避した。

 著作権法では、著作隣接権の一種として「出版権」の規定を設けており、一般に紙の書籍を出版する際に、著作者が出版社に対し出版権を設定することを認めている。一方で電子書籍については、出版権に相当する権利の規定が整備されていない。このため、出版社の業界団体である日本書籍出版協会(書協)などが、出版社への権利付与を求めている。

 報告書案では、出版社への権利付与について(1)電子書籍の流通・利用の促進、(2)権利侵害への対応――という2つの観点で整理。(1)については、著作権者である作家に加え出版社も権利を持つことで、権利情報の権利や2次利用時の権利処理手続きなどがスムーズに進むことが期待できるとした。一方で、権利者が増えることで新たな配信事業者の電子書籍事業参入が阻害される懸念もあるとした。

 (2)については、海賊版の電子書籍を差し止めるなどの対抗措置を迅速に打ち出す上で、出版社が一定の役割を果たしうるとの見解で一致した。ただし、出版社への著作隣接権の付与のほか、著作権の一部譲渡、民法で規定されている債権者代位権の行使、現行の著作権法における出版権の条文修正など、海賊版への対抗措置は複数の方策が考えられるとした。

 11月16日に開かれた前回会合では、報告書案において「権利付与の可否について一定の方向性が明確に示されるまでには至っていないものと考えられる」との結論を記載していた。しかし、複数の出版社側構成員や著作者側構成員らが「これまでの議論を反映していない」「このままでは電子書籍の普及が進まない」「『前向きに検討する』と明確に打ち出すべき」などと一斉に反発した経緯がある。事務局である文化庁著作権課は今回の報告書案において、前回会合で問題となった一文は削除し一定の配慮を示しつつ、積極的に推進していく旨の記載はせず、出版社への権利付与が既定路線化するのを回避した。

 このほか前回までの会合では、(1)で示したような懸念があることに加え、「紙の書籍では出版社が出版権を持ったまま作品が重版されず、ほかの出版社からも出せないという塩漬け状態になることがあった。電子書籍でも同様の事態にならないか懸念している」(里中満智子構成員)といった慎重意見が出されていた。また、「この会議ではプレイヤーが偏っている可能性がある。幅広い立場の人から意見を聞く必要がある」(瀬尾太一構成員)との声も挙がった。

 これらの意見を踏まえ文化庁著作権課では、2012年度に改めて会合の場を設置する方針。会議の形式はこれまでと同じく、文化審議会ではなく懇談会扱いの検討会議となる見込みだ。ただし2011年度までの検討会議では、構成員が出版社、権利者、図書館の各関係者と学識経験者から成っていたが、2012年度は電子書籍配信事業者やユーザーなどの構成員も加えるとみられる。その上で、出版社への権利付与によりどのような利点と問題点が考えられるのか、詳細な検討を書協などに要望。論点整理をした上で検討会議で権利付与の是非や方策を検討する。また、仮に何らかの権利を付与する場合に法律上どのような制度設計がありうるのかも具体的な検討に入る方針だ。

 こうした文化庁の方針に対しては、三田誠広構成員が「数年後に環太平洋経済連携協定(TPP)がやってくると、あらゆるシステムを米国と同じにするよう求められる可能性がある。出版界は壊滅的な影響を受け、街の書店はなくなるかもしれない。津波が来る前に出版社への権利付与という防波堤を作るべき。これは出版社だけでなく著作者にとっても切実な要望。津波の波頭が見えている状況で文化庁が悠然とした状況でいるのは危機感が足りない」と語り、TPPの交渉を待たずに議論を進めるよう要望。

 瀬尾構成員も「これからの日本、アジアが新しい出版文化を創ってこちらのカードを作っていかないと、向こうのカードを飲むだけになってしまう。日本では長い間、出版社と著作者が近い距離で一緒に1つの創作に当たってきた経緯がある。そうした背景を尊重してほしい。単に電子書籍が広がって儲かるという話ではなく、日本の文化はどうなのかという視点をベースに、その先導役を文化庁が担っていることを踏まえて、今回の会議を具体的な形に落とし込める結論に早急に導いてほしい」と語り、早期の権利付与を求めた。