国立教育政策研究所の有元秀文氏
国立教育政策研究所の有元秀文氏
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物語の途中に「オープンエンド」な問いを挟んで、読者に主体的な思考を促す「e-ブッククラブ」の例
物語の途中に「オープンエンド」な問いを挟んで、読者に主体的な思考を促す「e-ブッククラブ」の例
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横浜国立大学の野中陽一氏
横浜国立大学の野中陽一氏
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野中氏が示したPISAの調査結果。1週間の授業においてコンピューターを使っている生徒の割合は、OECD平均に比べて日本は大幅に低い
野中氏が示したPISAの調査結果。1週間の授業においてコンピューターを使っている生徒の割合は、OECD平均に比べて日本は大幅に低い
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野中氏によると、デジタル情報だけの授業を成功させるには、機器の操作スキルだけでなく、プレゼンのスキルやコミュニケーションスキルなど、さまざまな能力が必要となる
野中氏によると、デジタル情報だけの授業を成功させるには、機器の操作スキルだけでなく、プレゼンのスキルやコミュニケーションスキルなど、さまざまな能力が必要となる
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野中氏からの提案。いきなり全てデジタル化するのではなく、従来型の授業にICT活用を埋め込みながら、デジタル情報を扱う場面を増やしていくのが現実的だと主張する
野中氏からの提案。いきなり全てデジタル化するのではなく、従来型の授業にICT活用を埋め込みながら、デジタル情報を扱う場面を増やしていくのが現実的だと主張する
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 ベネッセコーポレーションからの寄付により東京大学大学院情報学環に開設されているベネッセ先端教育技術学講座(BEAT)は2011年12月17日、「デジタル読解力を育てる情報教育」をテーマとした公開セミナー「第3回 BEAT Seminar」を開催した。国立教育政策研究所 教育課程研究センター 基礎研究部 総括研究官の有元秀文氏や、横浜国立大学 教育人間科学部 附属教育デザインセンター 准教授の野中陽一氏らを迎え、インターネットの検索や閲覧などに必要な「デジタル読解力」の必要性や、それを身に付けるための教育のあり方などが議論された。

“理解”ではなく“解釈”の必要性

 「デジタル読解力」は、経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)のオプションとして2009年に初めて調査が実施されたことで、注目を浴びているキーワード。インターネットやコンピューター上でアクセスできるようなデジタルテキストの読解力を指す。実際にPISAでは、Webページの内容把握、メールの送受信、掲示板への書き込みなどの知識や技能を基にした読解力が調べられている。調査自体もコンピューターを使って行われる。

 PISA型の読解力について研究している有元氏によると、デジタル読解力で求められるのは、「批判的読解(critical reading)」だという。すなわち、書いてあることを文字通り読んで理解するだけでなく、そこに書かれていないことを推測し、創造的、主体的に活動する能力が求められている。

 例えばPISAでは、ボランティアに興味を持つ少女のブログがテキストとして提示された上で、別のWebサイトで少女に適したボランティアの募集を探して、その理由も示しながら、少女にメールで教える、といった課題が出される。すなわち、Webの雑多な情報の中から必要な情報を探し出し、また情報の適正さを判断して、簡潔なメッセージを作り相手に伝えるという、実践的な能力が問われる。さらに「少女がこのブログを書いた目的は何だと思いますか? といった問題が出る。こんなことを日本の国語の教師は一度も質問したことがないだろう。しかし、欧米ではごく普通に考えることだ」(有元氏)。

 そこで有元氏が提唱するのが、結論を決めてかからず、答えの多様性を認める「オープンエンド」な読解の仕方である。有元氏は「e-ブッククラブ」というコンセプトの下、スライドを使って紙芝居風に物語を進めつつ、途中で「どうなると思う?」「なぜ?」といった質問を差し挟むような授業の仕方を提案する。子供たちに次の展開を推測させたり、その理由を考えさせたりする時間を設けることで、その個性や課題解決能力が育てられるという。

 「書いてあることを文字通りに読むだけでは“理解”にとどまる。書いてあることを基にして、書いてないことを推測することが“解釈”。解釈には幅があり、ここに自分の個性が出せる。受け身だった人間が主体的になる。ここまで踏み込むのが、今の教育でやらねばならないことだ」(有元氏)。

デジタル読解には多様なスキルが必要

 一方、情報教育の実践的課題をテーマに講演した野中氏は、国語や算数の授業で教員が週1回以上コンピューターを使っている小学校が、約7%(2010年)にとどまるという「全国学力・学習状況調査」の結果を紹介。学校におけるICT(情報通信技術)活用が進んでいない現状を指摘した。同氏によると、PISAが高校1年生を対象に調査した、授業においてコンピューターを使っている生徒の割合についても、国語で1.0%、数学で1.3%、理科で1.6%と、OECD平均(国語26.0%、数学15.8%、理科24.6%)に比べて大幅に低くなっているという。

 ただし、だからといってやみくもにICT活用を進めるだけでは、効果的な授業につながらないと野中氏は主張する。実際、日本では総務省と文部科学省が連携して「フューチャースクール推進事業」を実施し、教育現場でのICT活用を実験しているが、野中氏が見た実践例では「アナログの授業の方が質が高いにように見えた。たまたまかもしれないが、今までの授業をデジタルに移行しても、そんなに新しいことはできていないと思う」(野中氏)。

 同氏は、ICT活用がより進んでいる韓国や、シンガポールで実践されている全てをデジタル化した授業の成功例を紹介。それらを参考に、「全てをデジタル化した授業を行うには、操作スキルだけでなく、コミュニケーションスキルや検索のスキル、プレゼンテーションのスキル、協働作業をやるためのスキルなど、全部を身に付けなければならない。それをいっぺんにやろうとすると無理があるのだろう。これらを身に付けさせることが学校教育でできるのかということが問題になる」と指摘した。

 そこで野中氏は、段階的なICT活用という現実解を提案する。「アナログの情報の吟味や判断というものを、通常の教科学習の中で充実させておかないと、それをいきなりデジタルでやろうというのはギャップが大きい。まずはデジタル情報をストレス無く使える教室環境を整備し、従来型の教科の授業にデジタル情報を扱う場面を増やしていく。そういう情報機器を活用した上で、最初は『調べる』ということを中心にスタートし、その後で『表現』ということを考えればよいのではないか」(野中氏)。

なぜ「デジタル読解力」なのか?

 このような有元氏と野中氏の主張を聞くと、デジタル読解力といっても、そこには批判的思考力、判断力、コミュニケーション力、表現力といった、アナログでも同様に必要となる能力が問われ、「デジタルだから」という要素は少ないように思われる。そこで講演後に行われたパネルディスカッションでは、「なぜ今、デジタル読解力なのか」という質問が改めて提出された。

 これに対し有元氏は「要するにメディアが変わっていくということ。中国で竹簡に文字を書いていた時代から、あるとき紙が発明されたように、いろいろな機能を備えたデジタルが出てきた。だったらそれを使うのは当然のことだ」と説明。「ただし、先生方は忙しすぎて対応できていない。教科書がデジタル化されるときには、どんなにパソコンのスキルがない先生でも使えるような教科書を作らなければならない」と主張した。

 野中氏も「現実問題として、我々が接する情報の多くがデジタルになっている」と前置きしながら、「そのデジタル情報を読み解くときには、情報の信頼性や正確性を自分で吟味できる能力がより重要になる。今までのアナログの情報は、教科書が中心だったので、それを疑うとか、批判的に見るといったことをやってこなかった」と指摘。インターネットの情報を見るときには、教科書や書籍など紙に書かれた情報以上に信頼性や正確性を吟味しなければならないことから、批判的読解を含むデジタル読解力が必要になると訴えた。