写真1●「ITpro EXPO 2011」で講演するAmazon Web Services バイスプレジデントのアダム・セリプスキー氏(撮影:新関雅士)
写真1●「ITpro EXPO 2011」で講演するAmazon Web Services バイスプレジデントのアダム・セリプスキー氏(撮影:新関雅士)
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写真2●クラウドコンピューティングの特質には6つの要素がある(撮影:新関雅士)
写真2●クラウドコンピューティングの特質には6つの要素がある(撮影:新関雅士)
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 「東京でユーザーやパートナーの皆さんと会い、こうした場で講演できることをとても喜ばしく思う」。2011年10月13日、東京ビッグサイトで開催中の「ITpro EXPO 2011」の特別講演で、Amazon Web Services バイスプレジデントのアダム・セリプスキー氏はこう切り出した(写真1)。「AWSクラウド in エンタープライズ」と題して、エンタープライズ分野を中心にしたクラウドコンピューティングのトレンドを解説する講演である。「世界の話題だけでなく日本の話もしたい」。

 まずセリプスキー氏は、Amazon.comの3つのビジネスの柱を紹介した。1つ目がリテールのビジネス。1億を超えるアカウントを保有し、日米欧の8カ国で展開している。2つ目が売り手(セラー)向けのビジネスで、Amazonのテクノロジーを使って電子商取引を展開できるようにしている。そして3つ目がITビジネス向けのクラウドインフラを提供する「Amazon Web Services」(AWS)。ITのプロ向け、開発者向けのサービスである。

 「いまだにこういう質問をされる。“Amazonという本を売っていた会社がクラウドを始めたのはなぜ?”というものだ」。セリプスキー氏は、AWSの経緯を振り返ってこう言う。「Amazonは、実は自分たちでも気づいていなかったが、10年も前からクラウドを実現していた」。Amazonのポリシーで作られたシステムが、奇しくもクラウドになっていたと言うのだ。

 ここからは面白い話なので、少し引用を続ける。セリプスキー氏はこう続ける。

 「2000年ごろまでのAmazonのシステムは、一枚岩のアプリとして構築されていた。しかしその形態だと、規模の拡大に伴って何年にもわたってアーキテクチャを再構築し続けなければならないということに気づいた。そのころ、セラーに対する事業も始め、さまざまなシステムのモジュール化が必要になってきた。この2つの作業を並行して実現しようとするプロジェクトは、とても時間がかかった。そこで開発者に調査したところ、Amazonの開発者は時間の70%をデータベース構築などの基本的なことに費やし、付加価値を生み出す仕事は30%しかしていなかった。これではダメだ。リソースの70%を付加価値に使いたかった」。

 Amazonですら、そうしたジレンマに陥っていたのだ。解決のためには社内でのアプリケーションの集中化とスケーラブルな配備の必要性があると考え、Webサービスに軸足を移していった。すると、Webサービスのインフラには大きなマーケットニーズがあることがわかってきた。スケーラブルで高度なアプリを作れるインフラを開発者に向けて提供するビジネスである。セリプスキー氏は「当時はそれを呼ぶ言葉はなかった。しかし、それが今日“クラウド”と呼ばれるものになった」と振り返る。

クラウドには初期費用不要など6つの特質

 セリプスキー氏は、続いてクラウドサービスについて6つの観点から特質を説明した(写真2)。1番目は「初期投資が不要」であること。高価なハードウエアなどを購入せずに、必要に応じて投資するために初期費用は「0円」で済むと説明する。2番目は「低廉な変動価格」。これは、利用者が増え、Amazonが内部のコストを削減できるようになることで、顧客にその分を還元できるということ。だんだん安くなる正のスパイラルが作れる。

 3番目は「実際の使用分のみの支払い」。必要に応じて使う分だけ支払うことにより、設備投資するよりもコストを下げられる。4番目には「セルフサービスなインフラ」を掲げる。クラウドモデルならば、ITの資産はパソコン上でワンクリックするだけで増強できる。ベンダーの見積もりを取ることも、設備利用情況を勘案することなく、必要な分だけ増減が可能になる。「ユーザーは自由度が広がり、ベンダーの都合によらず自ら意思決定できるようになった」(セリプスキー氏)。5番目は「スケールアップ、ダウンが容易」という点で、10倍といった規模でのサーバー数の変動にも対応できると言う。

 最後となる6番目に、セリプスキー氏は「市場投入と俊敏性の改善」を挙げた。同氏は、「これはあまりクラウドのメリットとして上がってこないポイントだが、非常に重要だ。時間を短縮できるということは“フェーリングファースト”につながる。すなわち、いち早く失敗を試せるため、ビジネスの成否を早期に判断できる。クラウドならば初期投資を抑えられるので、コストをかけないうちに失敗を見極められる」。単に早くビジネスをカットオーバーできるだけでなく、うまくいかない挑戦を少ない投資で“止められる”ことが、成長するビジネスに注力につながると説明する。

成長を続けるAWS、日本も重要拠点に

 クラウドモデルでサービスを提供するAWSは、日々成長を続けている。セリプスキー氏はこんな例えで、その成長度合いを説明する。「Amazon.comは設立から5年目の2000年に年商30億ドル規模の企業だった。そのころのビジネスに必要だったキャパシティーと同等のものを、現在のAWSは毎日追加している」。またもう1つの実例として、Amazon S3に格納されているオブジェクトの数を挙げた。こちらは、「2010年第4四半期に約2620億オブジェクトだったものが、9カ月後の2011年第3四半期には約5660億オブジェクトと倍を超えた。今でもどれだけ大きくなり続けているかがわかる」と言う。

 そうした規模の拡大と並行して、AWSではデータセンターなどのインフラ設備である「AWSリージョン」を、グローバルで地域分散する策も施している。これまでAWSリージョンは、米国に3カ所、西欧に1カ所、アジアパシフィックではシンガポールに設置していた。さらに日本での需要に対応すべく「2011年3月には東京にもリージョンを開設した」(セリプスキー氏)。AWSのビジネスにおける日本の位置づけが上がってきていることを裏付ける施策だ。

 その成果もあって「日本での実績は、東京リージョンをオープンしてから拡大してきている」(セリプスキー氏)と言う。例えば日本最大のレシピサイト「クックパッド」。クックパッドはサービスのスケーラビリティーに課題を抱えていたが、AWSの利用で柔軟性を高められたと言う。また、インターネットサービスプロバイダーのSo-netは、広告事業におけるデータ分析のコストが課題となっていたが、AWSを採用してコストを50%も削減できた。この他にも、期日の短縮やクラウドでの安全性確保など、さまざまなメリットを見出している日本企業があると言う。

 セリプスキー氏は、「AWSは日本を大切にしている。東京にリージョンを開設したこと、日本に優秀な法人対応チームを用意したこと、24時間365日の日本語サポートを提供していること--が3つのポイントとなる」。日本市場でのサービス向上の現状を強くアピールして、講演を締めくくった。

■変更履歴
小見出し「成長を続けるAWS、日本も重要拠点に」の次の段落で、Amazon S3に格納されているオブジェクトの数を「2010年第4四半期に約26億オブジェクト」「9カ月後の2011年第3四半期には56億オブジェクト」としていましたが、正しくは「2010年第4四半期に約2620億オブジェクト」「9カ月後の2011年第3四半期には約5660億オブジェクト」でした。お詫びして訂正します。本文は修正済みです。 [2011/10/17 11:20]