「iモード」「おサイフケータイ」「iD」など数多くのサービスを生み出してきた元NTTドコモ執行役員、現・慶應義塾大学大学院 政策メディア研究科 特別招聘教授の夏野剛氏は、2011年10月7日、米Appleのスティーブ・ジョブズ会長の死去に伴い、「ジョブズは“救世主”。世界のイノベーターに勇気をくれた」とのコメントを寄せた。コメントの全文は以下の通り。

 スティーブ・ジョブズは、世界のモバイルユーザーの“救世主”だよね。日本以外の多くの国では、iPhoneが登場するまでインターネットのコンテンツにアクセスできるどころか、メールもやりとりできなかった。メーカーや事業者という“伏魔殿”が、ネット革命によるサービスの進化を拒んでいた。それが彼のおかげで、あっという間に世界中のユーザーがメールもWebアクセスもアプリのダウンロードもできるようになったんだからね。

 オバマ大統領の追悼コメントに「彼は、インターネットをポケットの中に」というくだりがあるけど、日本ではiPhoneの登場前から“ケータイからネット”は当たり前にできていた。これを世界に広げられなかったのは、自分も含めて日本の力が足りなかったんだと思うし、世界の伏魔殿のカベは本当に厚かった。

 それを彼が打ち破ったことで、世界中のモバイルユーザーがネットを利用できるようになり、新しい経済圏が生まれている。欧州市場では、数年前までプリペイド端末へのシフトで端末単価が下落一方だったけど、iPhoneのおかげでスマートフォン市場に火がついて端末の価格が再び上昇に転じているんだよね。彼は合理性や新しい価値観、進化の重要性を実証してくれた。もう彼の登場前には戻れない。

 これからのモバイルは戦国時代で、主役はネット業界のプレイヤー。彼がモバイル業界に風穴をあけたことで、グーグルもマイクロソフトも、今まで以上にサービス開発のペースを上げるんじゃないかな。停滞なんてありえない。

 個人的には、常に元気をもらってきた。世の中は不合理なこと、不誠実なこと、そして妥協に満ちているけど、彼は「こうあるべき」を実証し、大成功を収めた。「こうした方がいいんじゃない?」と世の中に問う人がいるから、進化もイノベーションも生まれる。そこには抵抗があったり、援軍がいなかったりするものだけど、彼のような成功者がいると「自分でも、アップルのようなこと、ジョブズのようなことができるかもしれない」と思えるよね。

 今回の訃報を聞いて考えたのは、チャンスがあれば彼の遺志を継いでいきたいということ。将来のことは何も決まっていないけど、イノベーターとしては気持ちをかき立てられる大きな出来事だったので。