早稲田大学、IT戦略研究所所長、大学院商学研究科(ビジネススクール)教授、MBA/MOTプログラムディレクターの根来龍之氏
早稲田大学、IT戦略研究所所長、大学院商学研究科(ビジネススクール)教授、MBA/MOTプログラムディレクターの根来龍之氏
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 「ステーブ・ジョブズ氏の能力は、チーフプロダクトデザイナーの能力。この能力を発揮するため、少数の製品を大量に売るようにApple社の事業ドメインを設定した。チーフプロダクトデザイナーとしての能力は、1997年にApple社に復帰した後に、特に研ぎ澄まされた。その成功は、iMacではなくiPodから始まり、iPod/iPhone/iPadで花開いた」---。

 ITのコンシューマライゼーションに造詣が深い早稲田大学ビジネススクール教授で早稲田大学IT戦略研究所所長の根来 龍之氏が、ジョブズ氏の死去に伴い、ジョブズ氏の能力について語った。談話の内容は以下の通り。

経営者がコントロール可能な少数の製品を大量に売る

 ステーブ・ジョブズ氏を語る上で重要なポイントは、彼が製品コンセプトのデザイナーだったということだ。こういう役職はないが、実際に彼がやっていたことは“チーフプロダクトデザイナー”だった。

 Apple社の最大の特徴は、製品数が少ないことだ。製品が少ないから、すべての製品をチーフプロダクトデザイナーが掌握できる。一方、普通の会社は違う。普通の会社は製品数が多いため、CEOが全製品を見ることはない。やりたくてもできない。

 製品数を少なくするには、一つの製品が全世界で沢山売れる必要がある。実際にApple社では、世界市場を対象に、一つで沢山売れる製品を売った。プロダクトデザインに関して経営者の意思が強く働き、かつ一つあたりの売り上げがとても大きかった。

コンシューマ視点と、技術者が到達できる上限を見極める能力

 ジョブズ氏の特徴として、もう一つ言わなければいけない点は、彼は理系の技術者ではなく、コンシューマ視点の人であるということだ。コンシューマの視点に立って、「こういうものが欲しい、こうあって欲しい」ということを、しつこく語れる人だった。

 Apple社で勤めた人が言うには、ジョブズ氏は、製品企画案にダメ出しをする人であり、抽象度の高い改善要求を出す人だった。例えば、iPodを作った際には「メニューから3クリックで曲を出す」ことを要求したり、ボタンのデザインにダメ出しをしたりした。

 完成度への執着心が高く、それを言い続ける精神力があった。ジョブズ氏は、ずっと技術のそばにいたので、技術者が必死になればぎりぎり届く上限が直感で分かる。これを見極めながら、コンセプトを語りつつダメ出しをする。こういう能力があった。

 ジョブズ氏にとって良かったのは、一度Apple社から追い出されたことだ。追い出されたことで、技術者が実現できるぎりぎりのラインを狙う感覚と能力が身に付いたのではないだろうか。

コンセプチュアルな能力が、ビジネスモデルの領域まで至った

 ジョブズ氏のプロダクトデザイナーとしての能力は、iPod、iPhone、iPadの三つの製品によく現れている。ビジネスモデルを含めて設計できている。

 ジョブズ氏にとっての大きな成功は、iPodによってもたらされた。iPodはホイール操作が斬新だった。最初に触った時には使い方が分からないが、一度分かってしまうと、とても簡単に快適に使えるインタフェースだった。

 ジョブズ氏のコンセプチュアルな能力は、見た目のデザインだけではなく、ビジネスモデルにまで至っていた。デジタルハブ構想の中心にMacなどのPCを置き、これにiPodとiTunes Music Store(iTMS)を加えた、三位一体のビジネスモデルを作り上げた。

 iTMSは、最初から99セントで音楽を購入できた。音楽の歴史の流れの中、その時はレコード会社が99セントでの販売を受け入れる段階にあった、ということが言えるが、実際にレコード会社と99セントで契約することは、かなり大変で根気のいることだったはずだ。

 iTMSには、価格だけなく、DRM(ディジタル著作権管理)が緩やかという特徴もあった。音楽のコピーに失敗するケースもあるため、DRMを緩くしておかなければ使い勝手が悪い。このように、ジョブズ氏のコンシューマ視点はビジネスモデルにも生きていた。「ここまでは必ず達成しなければならない」というラインがジョブズ氏の中にはあった。だからiTMSは成功した。

iPodのビジネスモデルを継承し、PCをポータブル化した

 iPodのビジネスモデルで資金を得たことで、ジョブズ氏は次に携帯電話を開発した。だが、iPhoneは電話をベースに機能を拡張したものではなく、PCの小型化の路線だった。

 Apple社にはPDAの技術者がいた(ジョブズ氏がApple社にいなかった頃に登場したApple Newton)。技術者がいて、これをコンシューマ視点で練り上げていく能力があった。こうして、かなりの時間をかけてiPhoneへと結晶した。

 iPhoneは、iTunes StoreからしかダウンロードできないといったiPodから続くビジネスモデルを継承しつつ、PCのポータブル化をなし得た製品だ。iPhoneの次に来たiPadも、電子書籍というモデルが加わっているものの、iPod、iPhoneのビジネスモデルを生かした製品だ。

 チーフプロダクトデザイナーとしての能力は、iPadにも発揮された。価格と機能の組み合わせの絶妙なバランスに、鋭敏なコンシューマ視点が生きている。約5万円という値段に抑え、初期のiPadではカメラを省略した。ただし、ジョブズ氏が考える用途の、ソファーに座ってインターネットを使ったり、ゲームで遊んだりするのに十分な機能を注ぎこんだ製品だった。

 今後のApple社では、ジョブズ氏のようなチーフプロダクトデザイナーがいるかどうかが課題となるだろう。これまで通り、しつこく製品企画にダメ出しできるのか、技術者の最高能力を引き出すことができるのかが問われる。(談)