写真●日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業 専務執行役員 コンサルティング&システムインテグレーション統括の椎木茂氏(撮影:皆木優子)
写真●日本IBM グローバル・ビジネス・サービス事業 専務執行役員 コンサルティング&システムインテグレーション統括の椎木茂氏(撮影:皆木優子)
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 「多くの日本企業はこの先、国際競争を勝ち抜くグローバルプレーヤーとしての新しい地位を築いていかなければならない。そのために必要となるのが、高エネルギー社会からの脱却、個社最適化からの脱却、そして日本依存からの脱却という三つの脱却である」---。

 2011年7月12日から14日にかけて都内で開催中のイベント「IT Japan 2011」で、日本IBMのグローバル・ビジネス・サービス事業 専務執行役員 コンサルティング&システムインテグレーション統括の椎木茂氏は、「危機的経済状況を変革の梃子(てこ)と捉える -新たなグローバル化の始まり-」と題する講演を行った。

 講演の冒頭で椎木氏はまず、東日本大震災で記録された「マグニチュード9.0」(M9.0)という地震の規模(エネルギーの大きさ)を表す値が阪神淡路大震災(M7.3)と比べて300から400倍も大きかったことや、いまだ小規模な余震によってエネルギーの放出が続いていること、東京電力の福島第一原発の事故がチェルノブイリ原発事故と並ぶ史上最悪の「レベル7」と認定された際に、環境中に放出されたとされる「63京ベクレル」という放射能総量が、国民一人当たりに換算すると63億ベクレルになること(日本の人口を1億人として計算)などを紹介した。

 椎木氏によれば、上記のようなデータは企業活動とは一見何も関係がないように見えて、実は現在の経済環境のみならず、今後日本企業が進むべき道の方向性にまで深く影響を与えているのだという。「特に放射能漏れに関して海外の反応や対応は相当シビアだ。震災後、多くの外国人が日本を去り、来日する観光客はもちろん今後新たに海外から日本への企業進出などもあまり望めない状況になっている。日本から輸出する製品に対する風当たりも非常に強い」(椎木氏)。

 椎木氏は、原発事故に伴う放射能漏れ問題や電力不足の問題がこの先、半年や1年といったスパンで解決する見込みは低く、場合によっては数十年といった長期になるだろうと予測。もしそうであるならば、今後の成長を目指す日本企業にとっても事態は深刻であり、必然的にグローバル化を目指すか、少なくとも震災前のビジネスモデルから脱却した新たなビジネスモデルを構築せざるを得ないだろうと指摘した。

 「発電コストの大部分を化石燃料に依存している日本のエネルギーは、世界的に見て震災前からそもそも高コスト傾向だった。加えて今回の原発事故により、企業活動を展開するうえで必要な電気の確保にも苦労するとあってはとても今後の順調な経済発展など望めないという話になる。世界に進出するチャンスがある企業はこれからどんどん“脱・日本依存”(グローバル化)していくだろう」(椎木氏)。

日本特有の「個社最適」はグローバル化の足かせ

 椎木氏は具体的に、今後の日本の産業界を復興するためには三つの視点に基づく施策が必要であるとした。その三つの視点とは、「脱・高エネルギー社会」「脱・個社最適」「脱・日本依存」である。

 まず、脱・高エネルギー社会については、日本の化石エネルギー輸入額の推移のグラフを示し、輸入額がGDP(国内総生産)に占める割合が年々増加していることを紹介。せっかく生み出した富の多くが中東の産油国などに渡っている現状に何とか手を打つべきだとした。「少しでも無駄なエネルギーの消費を減らすために、企業がすぐにでも取り組むべき対策の一つに“エネルギーの見える化”がある。これを経営管理の仕組みの中に取り入れる必要がある」。

 見える化の実例として椎木氏は、日本IBMが現在全社を挙げて実施している節電対策プロジェクトを紹介した。同プロジェクトでは、本社ビルをはじめとする各ビルがバラバラのフォーマットとして持っている電力消費量などのデータを統一フォーマットに変換し、同社のクラウド(IBM クラウドサービス)上で統合。統合した情報を一元管理したり、イントラネットを通じて全社員がいつでも閲覧できるようにしたりするなどの仕組みを実現しているという。

 二つめの視点である個社最適とは、「個別最適」や「全体最適」といった言葉をもじった造語であり、独自のカスタマイズを施した“自社に最適なシステム”を作るための方法論や傾向のことを指す。脱・個社最適とはその逆で、ビジネスの様々な仕組みやプロセスを標準化したり、標準ベースのシステムを導入する方向性を指す言葉となる。

 「特に日本企業は個社最適なシステムを作るのが得意であり、それはある意味では工夫、ある意味ではワガママとも言えるが、いずれにせよグローバル化を目指すうえではそうした個社最適の考え方は足かせになる。例えば会計システムを作る場合、『なぜ同じようなシステムを別々の会社がお金をかけて作るのか。単なる無駄ではないか』という話になる。極力無駄を減らし、オペレーションを統一し、コストを下げるという脱・個社最適の推進が必要となっていく」(椎木氏)。

 三つめの脱・日本依存については、「例えば市場が成熟し、安定している日本と将来の経済成長が見込める新興国ではどちらが有望か。消費者人口の増加は見込めないが可処分所得が多い日本と、消費者人口が増加し、一人当たりの所得も増加している新興国ではどちらが市場として魅力的か。こうした様々な要素を総合的に考えると、多くの企業が新興国の方を選ぶのは必然」とし、多くの国内企業が脱・日本依存という考えを持つようになるだろうと示唆した。

 それを裏付けるデータとして椎木氏は、(1)製造業や流通業をはじめとした約半数の企業、大企業では7割が海外事業展開を既に実施していること、(2)2009年をピークに減少傾向が続いていた日本企業による海外直接投資額の推移が2011年はおそらく増加に転じること、(3)日本企業による海外企業の買収案件(M&A)が増えていること---などを挙げ、今後こうしたグローバル化の流れはますます加速し、その傾向は当分続いていくだろうと予想していた。