写真●「IT Japan 2011」の基調講演に登壇した東京証券取引所の斉藤惇社長(撮影:皆木優子)
写真●「IT Japan 2011」の基調講演に登壇した東京証券取引所の斉藤惇社長(撮影:皆木優子)
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 「東日本大震災からの復興は、日本を長く覆った停滞から脱する転機にできる。ただし、痛みを伴う改革を断行できる政治のリーダーシップと国民の覚悟が必要だ」---。

 2011年7月12日から都内で開催されている「IT Japan 2011」で、東京証券取引所の斉藤惇社長(写真)は初日の基調講演に登壇し、日本が震災復興をテコに改革に取り組む重要性を説いた。

 斉藤社長はまず、2009年の金融危機発生時からの日本と米国、中国の株価動向を比較。直近の東証株価指数(TOPIX)が約30%のマイナスと低迷したままなのに対し、上海市場の指数は15%のプラス、ニューヨークの指数も8%のプラスと、日本だけ経済回復が遅れている点を指摘した。その違いは明確な国家戦略を打ち出し、危機の際に市場経済にも積極介入する決断力があるかどうかにあるという。

 例えば米国政府はリーマンショック後、速やかに積極的な市場介入に踏み切ったほか、国費を投じて破綻した金融機関の救済策を断行。政府が早期に方針を出し行動したことで回復の道筋がついたとして、その金融政策を評価した。斉藤社長は、米国政府が2001年9月の同時多発テロ事件後にも様々な制度改革を進めたことで、大幅下落したニューヨーク市場の株価がわずか2カ月で事件前の水準に戻ったとも説明。震災に直面する日本が同じ状況にあるとし、国難をバネに改革を進める重要性を訴えた。

 斉藤社長は共産党の統制下にある中国の経済政策も高く評価。国家予算の使い道や査定、政策の評価を市場リターンを基に決定する仕組みを作り、有効に機能しているとした。例えば、リーマンショック後に輸出に陰りが見えると、中国政府は4兆元(およそ50兆円)規模の思い切った内需喚起策に舵を切った点を挙げ、「その情報分析力と分析に基づく強硬な政策転換はたいしたもの」(斉藤社長)と評価した。

 翻って、日本が20年余りに及ぶ経済停滞やデフレを克服できないのは、「諸外国に比べて、(政治に)国家戦略という認識が薄いから」と断じた。斉藤社長が挙げる戦略の欠乏が、1989年に当時の日米貿易不均衡是正などを狙った「日米構造協議」からの政策対応。「(米国の要求に応じて取り決めた)10年間で430兆円という内需拡大目標がムダな公共投資を生み、100円を切る円高が進んだ」と持論を述べた。

 また日米構造協議を受けた貿易協定や産業政策も、斉藤社長には製造業を中心とした「日本の産業の在り方を心の臓まで破壊した」と映る。「今こそ日本は失われた独自の産業政策を取り戻すべき」(斉藤社長)。その上で、国家戦略の立案や適切な政策判断には「胆力のある政治家と優秀なスタッフが必要」と、日本の政治の質的変化を求めた。

 斉藤社長は、自分の利益になるかどうかを政策の支持基準にする国民意識の変化や、痛みを伴う改革を避ける大衆迎合主義(ポピュリズム)に陥りがちな政治の風潮にも警鐘を鳴らした。

「今こそ、積極経営に打って出よ」

 もっとも現在の日本は決して悲観的な状況ではなく、米国や中国に比べると改革に向けていい位置に付けているという。中国は急速な内需拡大策がインフレという副作用を呼び、貧富の格差や賃金上昇、汚職などの課題も抱える。米国も「QE2」と呼ぶ量的緩和策に区切りをつけたものの、不動産不況や高水準の財政赤字、失業率の高止まりが続いている。こうした手綱さばきが難しい課題は日本では少なく、改革を進めるために「真の民主主義を発揮して、ポピュリズムに陥らない政策判断が必要だ」とした。

 民間企業にとっても積極経営に打って出る好機という。東証に上場する売上高1000億円の企業を対象にした企業業績見通しでは、2011年度に6割の企業が経常増益を見込み、設備投資は22%増加する見通しという集計結果を披露。「震災後も企業活動は萎縮してない」(斉藤社長)という。

 また日本企業による海外企業などのM&A(企業の合併・買収)が伸びており、成長機会を海外に求めるなど積極経営に舵を切る経営者が増えていることを歓迎した。注目すべき企業の例としては、日本電産やソフトバンク、ファナック、キヤノン、ファーストリテイリングなどを挙げる。いずれも創業者が強力なリーダーシップを発揮して経営し、「アニマルスピリットを持って、業界の新しいビジョンを示し、イノベーションを積極的に成し遂げてきた企業群だ」(斉藤社長)。

 斉藤社長は円高に加え、低金利も企業のM&Aに好材料となっているとした。「M&Aは企業のROE(株主資本収益率)の向上につながる。過剰な負債は禁物だが、借り入れの資本調達コストがエクイティファイナンスの半分に下がっているときこそ、レバレッジを掛けた事業拡大ができる会社とできない会社の格差ができる」として、日本企業の積極経営に期待を寄せた。