「仕事ができるベテラン社員が抜けた後、知識を持たない若手の早期戦力化を図るにはどうすればいいか。iPadを活用した渉外ナビゲーションシステムの開発はそこからスタートした」---。2011年4月27日の「スマートフォン2011春」の講演で、京都銀行の北山裕治・常務執行役員システム部長(写真)はこう語り出した。
京都銀行は日立製作所と共同で、iPadを使って渉外(外部との連絡や交渉をすること)活動を行うためのナビゲーションシステム(以下、渉外ナビ)を開発し、実際に顧客に投資型商品を販売するといった営業現場で利用している。研究および開発にかかった時間は2年間ほど。講演では、同システムの開発に至るまでの経緯や開発に当たって考慮したこと、実際に得られた成果などが披露された。
北山氏によれば、京都銀行がiPadなどのタブレット端末を利用する渉外ナビを開発しようと思い立った最も大きな理由は「営業活動の生産性向上」だったという。社会のグローバル化や成熟が進んだ結果、現在では銀行の各種業務を遂行するのに必要な手順や手続きは非常に細かく複雑になっている。「ベテラン社員はそうした手順や手続きをよく知っている。一方、若手はそうした知識を得るのが難しいため、つまづきがちで自信を持って仕事ができない状況に陥っている」(北山氏)。
そうしたギャップをいかに埋め、ベテラン社員が引退した後に備えて若手の早期戦力化を図るにはどうしたらいいか。その答えがiPadなどのタブレット端末を活用して渉外活動を適切にサポートするナビゲーションシステムの開発だったという。「必要な手順や手続きを覚えなくても、手元の端末の指示に従って手順を進めるだけで、渉外担当者の能力に左右されずに誰でも一定レベルの交渉ができるようにすることを目指した」(北山氏)。
徹底した作りこみで間違える要素を排除
例えば投資信託を販売する場合、手作業かつ紙ベースでは顧客への説明や契約条件の確認、書類の作成などの作業に何十分もかかるのが一般的だという。だが、北山氏によれば時間がかかることよりももっと怖いのが説明などを間違えてしまうことで、銀行の信用にかかわる大問題になりかねない。「覚えなくてはならないから間違えてしまう。それならば、覚えなくていいものを作ろうと考えた」。
渉外ナビの開発に当たっては、この思想に基づいて、覚えなければならない要素を徹底的に排除したという。「顧客のニーズの聞き取りからリスクなどの説明、販売条件のチェックなどの処理は画面の指示に従ってボタンを押していくだけ。契約に必要な書面も自動作成されるようになっている。契約条件を満たせない場合には、赤色で表示して手順を進められなくなるなどの要素も盛り込んでいる」。
こうして作り込んだ渉外ナビだが、「すべてパソコンで処理するということもあり、構築直後はシステムがうまく機能するか不安だった」と北山氏は当時を振り返る。だが、実際に同システムを販売担当者に触らせてみたところ、「わずか3回の模擬取引で全体の流れ(手順)を身に付けられた」と大好評で、自信を持って運用を始められたという。「手続きに対する不安がなくなったので、若手の営業担当者がみな顔を上げて自信を持って仕事ができるようになった」。
同様なシステムはiPadなどのタブレット端末でなくノートパソコンを使っても実現できそうだが、講演の中で北山氏は、タブレット端末を使うことこそが同システムにとって大きな要素であることを強調していた。「ノートパソコンなどキーボードを備えた端末は“間違えそう”“難しそう”というイメージがあって設計思想に適合しない。だが、一般的なスマートフォンも画面が小さ過ぎて使いにくい。このため、最初はWindowsが動作するタブレットPCの採用を検討していたが、重さなどの点がネックになっていた。そんな折、iPadが登場したのでこれだと思い採用した」。
ただし、北山氏はタブレット端末であることにはこだわるけれども、iPadであることには特別にこだわっていないという。「今はiPadを選択しているが、iPadでしか使えないようなシステムにはしていないし、ユーザーとしてはその時々で最適なものを使いたい。これからも選択の自由を放棄しないようなシステム作りを心がけていきたい」と締めくくった。