写真●提言をまとめた経済学者の岩井克人氏(東京財団主席研究員・東京大学名誉教授)
写真●提言をまとめた経済学者の岩井克人氏(東京財団主席研究員・東京大学名誉教授)
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 外交・経済関連のシンクタンクである東京財団は2010年12月9日、「日本のIFRS対応に関する提言」を公表した。日本におけるIFRS(国際会計基準)の強制適用は不要であり、企業の自由意思による選択適用が適切であると主張する。提言をまとめた経済学者の岩井克人氏(東京財団主席研究員・東京大学名誉教授、写真)は「IFRSには様々な本質的欠陥がある。日本の会計基準より優れているとする考え方は捨てるべき」と話す。

 同提言では、「資産・負債アプローチ」「公正価値」「原則主義(プリンシプル・ベース)」などの特徴を持つIFRSは理論面・実務面で欠陥があると指摘する。特に問題視しているのが、資産評価のための公正価値(fair value)の考え方。IFRSが採っている資産・負債アプローチでは、資産をいかに正しく評価できるかがカギとなる。

 公正価値とは(1)市場価格、(2)((1)が入手できない場合)類似した他の資産の市場価格、(3)((2)も存在しない場合)モデル市場価格(資産が生み出すキャッシュフローの現在割引価値を数学的に計算した価格)となる。同提言では、(1)は市場価格自体が公正でない場合がある、(2)も公正でない場合があることに加えて恣意性が入り込む恐れがある、(3)はモデルによる将来予測は変動や誤差の可能性が高いと指摘。「適切な評価は困難」とする。

 そもそも公正価値の測定・評価による「将来キャッシュフローの予測の表示」は、投資家にとって本当に有用なのか、と疑問を呈する。「投資家にとって必要な情報は、実現ベースの過去の結果。経営者が行う将来予測ではないのではないか」と同提言ではみている。

 原則主義については「会計処理が多様化し、結果として粉飾に近い形の会計処理が行われる可能性がある」と指摘。ほかにIFRS導入コストが膨大である、税法との違いが大きいことから税路上の負担が増える、そもそも12年に判断し早ければ15年に開始というスケジュールに無理がある点などを挙げ、IFRS強制適用は不要であると結論づけている。「選択適用にしても、IFRSが有用であれば自然に採用企業は増える」とする。

 岩井氏は経済学者の立場から「IFRSは経済学で言うと一周遅れの価値観に基づいている」とみる。「企業をどう捉えるかに関して、『市場の失敗』を補う存在とする考え方がある。本来なら市場だけで資源配分ができるはずだが、“仕方なく”企業が存在するとするものだ。この考え方はIFRSと親和性が高い。一方で、企業は経営資源・能力の集合体であるとする考え方がある。不確実性のなか、経営者がいかに他の人が取れないリスクを採って利益を出すかなどが重要になる。IFRSでは、こちらの側面は消されてしまう」と話す。

 今回の提言は、岩井氏がリーダーを務める「会社の本質と資本主義の変質」プロジェクトが策定した。同プロジェクトではこれまで「新時代の日本的雇用政策」「建築基準法改正」「敵対的買収ルール」に関する政策提言を発表している。